一週間前。

 品のいい調度品が飾られた応接間。
 普段シルディアが国王夫妻と面会するために通されるそこには、家族が勢揃いしていた。
 いつもの口の堅い侍女に運ばれてきた紅茶に手を付け、シルディアは様子を窺う。
 ローテーブルに並べられたティーカップが四つ。
 そのうちの一つはシルディアが手に持っているため、正確には三つのティーカップがテーブルに並んでいた。
 テーブルを挟んだソファーに座るのは、シルディアの両親である国王夫妻。
 二人の間に座るのは、シルディアの双子の妹――フロージェ・アルムヘイヤ――だ。

 彼女はシルディアと全く同じ顔をしているが、努めて無表情を繕っている。
 鏡を前にしたような瓜二つの容姿をしている彼女は、薄い空色の瞳に困惑を宿していた。
 シルディアと同じ白髪には小さな妖精達がくっついている。
 妖精達は彼女を気遣ってかその極小の手で頭を撫でていた。励ましているつもりなのだろう。
 これこそ彼女が妖精姫である所以(ゆえん)だ。

 フロージェが悲しめば妖精も悲しむ。フロージェが喜べば妖精も喜ぶ。
 フロージェが望めば、嫌いな人間、国、世界、全てが妖精によって滅ぼされるだろう。
 そのため、彼女は丁重に扱われる。
 妖精に愛され、祝福される存在。それが妖精の愛し子だ。

(好き嫌いも口にできないなんて、わたしには耐えられないわ。妖精も昔はここまで過保護ではなかったのに……)

 妖精がべったりくっついている姿を一目見れば、やましい気持ちよりも妖精からの報復が怖くてフロージェを害そうとは思わないだろう。
 ただ、妖精が見えない人間は一定数存在する。見えなければ妖精などおとぎ話でしかない。
 そのため報復されるとは微塵も思わず、彼女に手を出そうとする人間もいる。

(フロージェ。あなたはもっと天真爛漫だったはずなのに、変わってしまった。……いいえ。変わったのはあなただけじゃない。私もね)

 フロージェの影武者として生きてきたシルディアは、彼女の分身だ。入れ替わった前後でも気付かれないよう彼女自身になる。
 自身の感情を押し殺し影武者として当然のことをして生きてきた。

 私は傷ついていません。と澄ました顔を崩さず、心が揺れ動いていないと錯覚させる顔も。
 食欲があまりなく健康的だとはいいがたい腰の細さも。
 優美な指先の繊細さも。
 小さな足先まで一寸の狂いもなく、再現している。
 あまり好きではない野菜も、彼女が好きだというのならば笑顔で食す。
 趣味ではないふわふわヒラヒラのドレスも、彼女の趣味だと思えば苦にもならない。
 彼女名前でしか呼ばれなくとも構わない。

 その行動で、たとえ自分の個性が無くなったとしても悔いは残らないのだから。