匂いの先にはアルムヘイヤの名物料理が並んでいた。
 この店の目玉はケバブピザだろう。店の一番目立つ場所に置いてあった。
 肉の焼ける匂いが食欲を掻き立てる。
 その両隣にはワッフルとセムラが並べられていた。
 セムラはカルモダンの練り込まれたパンに、アーモンドペーストと甘さのないホイップクリームが挟まったアルムヘイヤの代表的なお菓子だ。

「どうした?」
「いえ、懐かしいなと思って。よくフロージェがセムラを内緒で持って来てくれたわ」
「そうか」

 目を細めながらシルディアが懐かしむように笑う。
 しかしオデルはつまらなさそうに頷くだけだ。

「ねぇ」
「ん?」
「さっきからあまり楽しそうじゃないけど、どうしたの? もしかして、フロージェに嫉妬して……?」
「いや……。そんなことない、とは言い切れないが、今黙っていたのはそれが理由じゃない」
「ならなにが……」
「さっきからシルディアに邪な目を向ける輩を牽制をしているだけだ」
「そんな目で見てくる人なんて……」

 シルディアが視線を通りへ向ければ、さっと顔を逸らした男が多数いた。
 明らかにオデルに対し怯えているようだ。

「委縮させたら市場調査にならないじゃない」
「別にいいんだよ」
「なにが?」

 シルディアが呆れたように眉を下げれば、繋がれた手が離れる。
 突然のことにシルディアが目をぱちくりさせていると、離れたと思っていたオデルの手が腰に回った。
 グイッと引き寄せられ、耳元で囁かれる。

「可愛いシルディアを誰にも見せたくない。俺のためにめかし込んだ姿なんてなおさらな」
「じゃあなんで連れてきたのよ」
「……デート」
「へ?」
「デートしたら、シルディアの気分も晴れるかと思ったんだよ。悪いか」
「いや、だって、市場調査だって……」
「今まで外に出さないと豪語してたのに、いきなり城下にデートしに行くぞって言ってシルディアはついて来たのか? 急な手のひら返しは信頼を失うことだろう。違うか?」
「それは……」
「ほらな」

 一瞬、ほんの一瞬だけ、傷付いたような顔をしたオデルを見てしまったシルディアは慌てて否定の言葉を口に出す。

「そうじゃないの! あんなに人の目に晒したくないって言ってたのに、どんな心境の変化があったのか気になって……」
「ただの気まぐれだ。俺はシルディアが傍にいればそれで構わないが、シルディアは外に出たいんだろ?」
「何か勘違いしているみたいだけど、わたしは暇を持て余すのが嫌なだけで、ずっと部屋にいるのが嫌だなんて言ってないわよ」
「え?」
「だから――」
「おい。お二人さん。痴話喧嘩はよそでやってくれや。客が寄ってこねぇだろ」

 怒ったような声に、自分達の世界に入り込んでいたシルディアとオデルが我に返った。
 シルディアが声の聞こえた方へと目を向けると、アルムヘイヤ国民によくある金色の髪をした商人が目を吊り上げていた。