シルディアを拘束したと気を抜いている男へ、オデルは不敵に笑った。

「返してもらうぞ。俺の白百合」
「なっ――!?」

 痛みに顔を歪めるシルディアを、風魔法を駆使して奪い返した。
 この間、僅か数秒。
 風のゆりかごに運ばれてきたシルディアを抱き留め、謝罪の言葉を口にした。

「ごめん。遅くなった。早く手当を……」
「大丈夫よ。来てくれてありがとう。オデル」

 血の流れる首筋を押さえ健気に笑うシルディアを力いっぱい抱き締めた。
 シルディアを手元からかすめ取られた男は、紅消鼠(べにけしねずみ)色の瞳を零れそうなほど見開いて驚いている。

「な、なぜ……風魔法が使えるのです……? 初代竜の王以外の皇王は、風魔法が使えないはずでは……」
「それはどこの情報だ? 随分と古いな」
「そ、そんな……馬鹿な……」
「俺の白百合を傷付けた罪は重いぞ」

 その言葉にわなわなと男が震えだす。

「私のつがいを奪ったくせに……なぜ貴方だけつがいを得る……!? 不公平ではないかっ!!」

 男の口から飛び出たのは、十二年前の事件の結末だ。
 侍女の母にあたる女は、男のつがいであった。
 しかし、その女は禁忌を犯した。

「お前のつがいが女神に憧れ、その姿を真似たからだろう。竜の怒りを買っても可笑しくはなかった。あれほど止めろと忠告をしたというのに……続けたのはお前のつがいだろう」
「女神に似ているのは皇族のつがいもでしょう!? それなのに……なぜ、私のつがいだけが……」

 不安そうな顔をするシルディアの肩にマントをかけ、優しく頬を撫でて解説をする。

「女神は初代皇王のつがいだからな。女神に似ている者に惹かれるのは血に刻まれた呪いのようなものだ」
「オデル……それは……」
「ふっ、不安そうな顔するな。シルディアを女神の写し身だなんて思っていない。シルディアはシルディアだ。俺の唯一だ」
「……それ、言うタイミングは今ではないと思うわ」

 照れたようにオデルの胸に顔を擦り付けるシルディアはなんて可愛い生き物なんだろうか。