上げられた顔は青白く、体調不良だと見て取れた。
大きく見開かれた薄い水色の瞳と目が合う。
安心させるように微笑めば、あからさまに安堵した様子のシルディアが侍女の助けを借りて立ち上がった。
乱れた白髪の隙間から見えるのは、陶器のような白い肌だ。
きめ細かな肌には痛々しい打撲のような跡が散見された。
その上、自分の女だと知らしめるためのドレスを着ておらず、本来であれば夫である自分しか見られない下着姿だ。
目を疑うような彼女の姿に、オデルは目の前が真っ赤に染まったかと錯覚するような怒りを覚えた。
地を這うような声が地下に響く。
「シルディア。何をされた?」
「オデル。わたしは――」
「これはこれは皇王陛下。わざわざこんな所まで来られるなんて……よほどこの娘が大切なのですね」
シルディアの言葉を遮り、階段の踊り場にいた灰色のローブを着た男がこちらを振り返った。
「……賊と話すことなど何もない」
「そんなツレないことを言わないでください。私はこの十二年、ずっと貴方様のことを考えていたのですから」
「くどい。お前など知らん」
「よもやこの顔を忘れたとは言わせませんよ。これは、貴方に付けられた傷ですからね」
噛み合わない会話に見兼ねたシルディアが声を上げた。
「オデル。わたしは何もされてない」
「下着姿にされて何もされていないは通じないと思わないか?」
「それは……」
言いよどむシルディアの反応を見るに、下着姿にされた以外は特段気にしていないのだろう。
自分を大切にしようとしない彼女の悪い癖だ。
一般的な令嬢であれば、泣き喚き助けを乞うている場面であるというのに、シルディアの綺麗な瞳に一切濁りはない。
しかし、シルディアが気にしなくとも、オデルは彼女の美しい体を自分以外の男に晒したくはなかった。
「ふむ。ではこうしましょう」
一瞬にも満たない速度で侍女を蹴り飛ばした男は、厭らしく笑う。
「舐めるな」
土魔法でシルディアと男の間に壁を作る。
男はその壁を足場に飛び跳ね、またしてもシルディアの元へと飛び込んだ。
今度はオデルにも魔法弾が飛んでくる。
「自分の守りが疎かですよ。甘いですね」
「はっ! 俺にこんなものが効くとでも?」
魔法弾を弾き返す寸前。
灰色のローブから白煙が漂い、オデルを襲った。
ただの目くらましではない。めまいや吐き気を起こす厄介な代物だ。
しかしながら、オデルは先程階段上で浴びたことでめまいが来ると知っていた。
理解していれば対処ができる。
めまいや吐き気を気取らせないため、オデルは一度だけ瞬きをした。
そのコンマ数秒の僅かな隙に、男がシルディアの首に腕を回していた。
突き付けられたナイフが彼女の白い首に赤い染みを作る。
「やっとこの日を迎えられました。私のつがいを奪った貴方に復讐ができる」
恍惚に笑う男の目にもはや理性などない。
理性の無くなった人間などただの獣だ。
