妹の身代わりで嫁いだ姫は、ヤンデレなはずの皇王にとろ甘に溺愛される(旧 ヤンデレ皇王のつがいはデレ改革をお望みです ~加虐系ヤンデレはデレデレにデレチェンジ~)


「逆鱗……?」
「こほん。失礼。何をとぼけていらっしゃるのでしょう。逆鱗のある場所さえ分かれば簡単に皇王を亡き者にできるのですよ。ゆえに、皇王最大の弱点。周知の事実でしょう?」
(最大の弱点? 何の話をしているの……?)

 当たり前のように発せられた言葉に反応できず、シルディアは固まってしまう。

「ですから、つがい様。皇王の逆鱗はどこか……教えていただいても?」

 男は爽やかな笑顔で言った。その表情は皇王を弑逆しようと目論んでいる人間のものとは思えない。
 まるで昼下がりのティータイムを楽しんでいるかのような、そんな笑顔だった。
 場違いな表情に冷や汗が背中を伝う。

(もしわたしが逆鱗について知らなければ、この男は躊躇いなくわたしを殺すでしょうね)

 シルディアを生きて返すつもりであれば、今この場でシルディアの邪魔をしていないはずだ。
 しかし不可解なこともある。

(オデルを殺したいのであれば、一番手っ取り早いのがつがいを殺すことのはず。つまりわたしを殺せば間接的にオデルを殺すことができる。でもそれをしなかった)

 シルディアが意識を無くしている間に殺してしまえばよかった話だ。
 だというのに、シルディアは殺されていない。

(そのうえ、オデルの弱点を知りたいとわたしに尋ねている。もしかして自分の手でオデルを殺そうとしているの?)

 気づいた一つの可能性に、シルディアはますます自分が口を割るわけにはいかないと自覚した。
 シルディアは意識して口角を上げ、不敵に笑って見せる。

「仮に知っていたとして、易々と教えるとでも?」
「えぇ。きっと教えてくれるでしょう」
「ありえないわね」
「そうでしょうか? 拷問をすれば吐いてくれるでしょうか」
「どんなことをされても、わたしは屈しないわよ」
「困りましたね」

 言葉とは裏腹に男には依然として困った様子はない。

「いいことを教えてあげますよ」
「結構よ」
「そう言わずに。聞くだけでいいんです」
「どうせくだらないことでしょう」
「それは聞いてみなければ分からないことです」
「聞かなくても分かるわ。聞くに堪えないことだって」
「さて、どうでしょう?」

 どれだけ気を逸らそうとしても、のらりくらりと反論されてしまう。

(一か八か、駆け抜けてみる? いえ、駄目ね)

 後退する足を前へ踏み出そうとしたのを、目敏く牽制されてしまった。