シルディアは全体重をかけて両手首を押さえつけていたというのに、いとも簡単に拘束から逃れられてしまった。
 垂れ下がっていた白髪が、今度はシーツに散らばった。
 オデルは妖艶な微笑みを浮かべ、シルディアを見下ろしている。

「形勢逆転だね?」

 その言葉に答えるようシルディアは強気に笑う。

「それで? ここからどうするつもり? 確かにわたしは嫁いできたけれど、まだ正式に婚姻を結んだわけじゃない」
「どうかな?」
「皇国で一番重要視されるのは、地位でも、血筋でもない。婚姻を結ぶ相手が【つがい】かどうか。そうでしょう?」
「君は勉強熱心なんだね。皇国のつがいに関してはなかなか信じがたいところもあっただろうに」

 優しく頭を撫でられてしまい、シルディアの顔に熱が宿る。

(誰かに褒められたの、初めてだわ)

 シルディアは、フロージェになるためどんな教養でも貪欲に学んできた。
 それはできて当たり前のことで、称賛されるほどのものではない。事実、フロージェよりもシルディアを贔屓していた王妃にも、もっと努力をしなさいと口酸っぱく言われていた。
 そのため十八年生きてきた中で、褒められたことは一度もない。

(あら、でも一度だけ……)
「誰のこと考えているのかな?」

 気が付けば、シルディアはあと少しで唇が触れる距離にオデルの顔があった。

「っ!?」
「ねぇ。今純潔を奪われるのと、名前を教えるの、どっちがいい?」
「え? ……え?」
「あれ。聞こえなかった?」
「い、いや、聞こえてるけど……」

 妖美な笑みを浮かべるオデルと目が合い、シルディアは背筋が凍った。
 顔は笑っているのに目は笑っていない。

(この目は本気だ。この人は、絶対やる)
「選ばせてあげてるんだから、早く決めてね? 俺はどちらでも構わないから」

 そう言うとオデルは、噛み跡の付いた首元に唇を寄せた。
 何をするのかと身構えていれば、ぬるりと生温かい何かが噛み跡をなぞるように這う。
 それが彼の舌だと気が付き、咄嗟に自身の名を口にする。

「シルディア。わたしの名前は、シルディア・アルムヘイヤ。フロージェの双子の姉」

 このままでは本当に純潔散らされてしまう焦りから、思わず口から出てしまった。

「シルディア。そうか、シルディアか。いい名だ」

 オデルは起き上がり、口の中で何度もシルディアの名を繰り返す。
 その様子に安堵したからか、シルディアの目が潤んだ。
 シルディアが気が付くよりも先に、彼女の涙に気が付いたオデルは恍惚に顔を歪めた。

「まいったな。泣かせるつもりはなかったんだが、その顔もそそる」
「ひゃっ!?」

 舌で涙を舐め取られ、シルディアの口から変な声が漏れる。
 赤色の瞳が三日月型に歪み、唇同士が重なる寸前。

「~っ! 調子に乗るな!!」

 シルディアの頭突きがオデルの額に吸い寄せられ、盛大に決まった。