私がバタバタとキッチンへやってくると、洗い物を終えた柊はまた天文雑誌を読んでいたようで、
「もう上がったのか」
と顔を上げた。しかし次の瞬間には、柊の目が驚いたように見開かれた。なにかびっくりするようなことがあったのだろうか?
そんなことにはお構いなしで、私は冷蔵庫から牛乳を取り出し、一気に飲み干した。
「はー!生き返った!」
身体が火照って、まだ少し頭がぼーっとするけれど、少し休んでいれば熱も冷めるだろう。
「桜…」
柊の盛大なため息交じりの呼びかけに、私は振り返る。
「え、な、」
なに?と聞こうとして振り返りざまに身体がぐらりと揺れた。
あ、やっぱり結構のぼせちゃってたんだ、と頭の片隅ではいやに冷静で、でも傾く自分の身体を制御することはできなかった。
あ、だめだ立っていられない。倒れる…!
「桜!!」
柊の声が聞こえて、私は目を瞑った。倒れる時にどこかに身体をぶつけるかな、とおとずれるであろう痛みに覚悟を決めていたのだが、その痛みはいつまで経ってもやってこなかった。
「桜!大丈夫か!」
真っ暗になった視界が少し落ち着いて、ゆっくりと目を開けると、心配そうにこちらを見つめる柊の顔が間近にあった。
「柊?」
「よかった…」
心底ほっとしたような声が聞こえて、そういえば柊があんなに慌てた声を出すところなんて初めて聞いたな、とまた呑気なことを思った。
まだ少しぼーっとする頭で、「ごめん、のぼせちゃったみたい」と説明する。
ようやく状況が理解できてきて、私は柊に抱きしめられているのだと気が付いた。私が倒れる前に、受け止めてくれたのだろう。
柊は私を抱えたまま持ち上げると、リビングのソファに寝かせてくれた。
「お水、持ってくるから」
「うん、ありがとう」
そう返事をしたのを境に、私は意識を手放してしまった。



