「雫がお世話になってます。暑いから、よかったらお茶でも」
「あ、いえ、自分はもう帰ります」

母の誘いも上手くかわした彼。
チラッと視線を私へと寄こした。

「そう言わずに。雫が男の子を連れて来るだなんて初めてだから、本当に上がって、お茶でも飲んで行って」

うわっ、最悪だ。
こういう時の母は引き下がらない。
私の粘り強い根性は母親譲り。
いつも説き伏せるのに四苦八苦する。

「いえ、本当にもう帰ります。今日は朝から自分の試合の応援に来て貰ったので、暑い中、疲れてると思いますので」
「朝早くからおめかししてると思ったら、彼の応援に行って来たのね」
「ちょっと、お母さんっ!」
「先輩が見に来てくれたお陰で、試合にも勝てました」
「あら、それはおめでとう」
「ありがとうございます」
「じゃあ、また今度ゆっくり遊びにいらして」
「はい」

母親は彼に軽く会釈し、家の中へと入って行った。

「ごめんね、気を遣わせちゃって」
「全然、平気っすよ。むしろ、ご挨拶できてよかったです」

にかっと太陽のような笑顔をする彼。
ホントに動じてないというか、至って平常心というか。

こっちは母親が無理難題押し付けるんじゃないかと、気が気でなかったのに。

「じゃあ俺、帰りますね」
「あ、……うん。送ってくれてありがと」

彼が離れると、急に強い陽射しが差す。
来た道を戻っていく彼を見届けていると、10mほど離れた場所から彼が走って戻って来た。

「どうしたの?」
「言い忘れたことあったんで」
「……ん?」

再び陽射しを遮るように立つ彼をゆっくりと見上げた、その時。

「俺、先輩のこと、……本気で惚れてますっ」
「……へ」
「受験が終わるまでは、待ってるんで」
「……」
「だから、無事に終わったら、俺の彼女っすよ?」
「ッ?!!」
「んじゃあ、また明日」

思いもよらぬ虎太郎の告白に、雫はただただ彼の背中を見つめるしかできなかった。