「検査、引っかかったわけじゃないんでしょ?」
「え?……あぁ、検査は陰性だった」

世界大会などでも検査経験はあるから、そんなに心配してはいないんだけど。
オリンピックはまた別物だもんね。

数日前に検査員が自宅に来たと言っていたから、ちょっと気にはなっていた。

「例えばの話」
「……ん」
「今回のオリンピックで金メダル取れたとして」
「……うん」
「今年がピークで、来年大学入学したとしても、成績が出せなくなったらどうしようとか…」
「……」
「ここのところ、調子がいいから考えもしなかったけど」
「……」
「再起不能みたいな怪我したら、その後はどうなるのかな?とか、最近やたら考えるんだよね」
「……ホントにオリンピックブルーだね」

今まで、弱音らしい弱音を一度も吐いたことがない彼。
いや、あったか。

初めて会った、あの日。
小学生の頃の彼は、今の彼よりもっと酷くて。
男の子なのに、ポロポロと涙を流して泣きじゃくってたっけ。

「空手をしてる虎太くんだけじゃなくて、こうして話してる時の虎太くんも好きだし、一緒にイケ活する時の虎太くんも好きだよ?」
「……」
「一生空手を続けなくちゃいけないわけでもないと思うし、他にしたいことが見つかったらそれをするのでもいいと思うの」
「……」
「家が空手道場だから、それ以外の選択がないみたいに思えるけど、世界は広いよ?今の私を見てごらんよ。運動とは全く無縁の生活してるけど、幸せだよ?」
「……そうだな」

夜空を見上げてた彼が、隣りにいる私へと視線を寄こして来た。

「やっぱり、俺の女神だわ」
「っ…」