住宅街の中にある小さな公園。
外灯はあるものの、煌々と照らされてるわけじゃないから、センシティブな会話をするにはちょうどいい。

「ちょっと座ろうか」

木製のベンチに座って、蝉の声に耳を澄ませる。

肌にじんわりと汗が滲むほど外気温は高めだけど、時折抜ける夜風が気持ちいい。

「あ、そうだ。明日、バイト休みだよね?」
「ん、火曜日だからね」
「じゃあ、水着用意しといて」
「え……?」
「レジャーランドじゃないけど、プール借りたから」
「借りたって、誰に?いや、どこの?って聞いた方がいいのかな…?」

子供じゃないんだから、ビニールプールを借りるのとはわけが違うよね?
二人して大柄なんだから、ある程度の大きさがなかったら、泳ぐどころか、浸かることもできないと思うけど。

それに、オリンピックを前にして、不要な外出制限も出てるはずだけど。

事故や事件に巻き込まれないように。
不要な怪我に見舞われないようにと、細心の注意を払うように指導を受けている彼。

だからこのところ、デートらしいデートもできず、お互いの家を行き来してるくらいなのに。

春にあった選抜大会で優勝した彼は、オリンピックの切符を手にした。
と同時に、私との間に『1つお願い事を叶える』という約束をゲットした。

そして彼は、プールか海で『水着デートをする』というお願いごとをして来たのだ。

だけど、オリンピックが決まると同時に、緻密なスケジュールで管理されて。
同時に日本アンチ・ドーピング機構(JADA)の対象選手に名前が記載された。

日本のトップアスリートに課せられる義務の一つ、ドーピング検査。

競技会以外での検査は、事前の告知なく、自宅やトレーニング場に突然やって来て検査を指示される。
それは、365日、24時間、いつでも検査を受けなければならないというもの。
だから、トップアスリートたちは、いつどこにいるのかを、常に(ウェブ上のシステムで)知らせておかなければならないのだ。

拒否すれば、薬物使用の疑いを招く。
検査員と行き違いになったりして、検査ができないと『検査未了』扱いとなり、12カ月間で3回検査未了になると、義務を果たさなかったと見做され、アンチ・ドーピング規則違反が問われる可能性が高くなる。