あめのふるひる〜平安の世で狐に嫁入りをした姫君の話〜

 ――おひいさま、おひいさま。

 淡路の声が聞こえる気がする。

 ――遠く、遠く、しとしとと軽やかなほどに薄く響く雨音の向こう、くぐもって、どこかに怪我でもしたかのように、痛々しい声で淡路がなにか叫んでいる。
 よく聞こうとして耳をすまして、しかし、ふいに少女の聴覚は遮られた。
 淡路の声が遠ざかる。遠ざかる。小さくなって、そしてふつんと消えてしまった。
 少女はじしんの耳をふさいだそのひとの、斜め上にある顔を振り仰いだ。

「……だんなさま?」
「そなたには必要のないことだ」
「はあい」