二人でお酒を飲みたいね。

 翌日は火曜日。 康子を残して俺は会社へ、、。
「おはようございまあす。。 今日も元気ですかーーーー?」 尚子の素っ頓狂な声が聞こえる。
「ワオ、、、。」 「高木さん ワオ、、、は無いわよ。」
「ごめんごめん。 考え事してたからさあ。」 「いつもしてるじゃない。」
「いつもって、、、、、。 冷たいなあ。」 「あらあら、私は優しく言ったつもりだけどなあ。」
「へえ、、尚子さんの優しくって釘を刺すんだ。」 栄田が横から割り込んでくる。
「栄田さんは飲んで黙ってて。」 「はーーーい。 って朝から何を飲むのさ?」
「そうねえ、酔い止めでも飲んだら?」 「冗談きついなあ。」
 そこへ沼井が入ってきた。 「お、高木君 昨日は出なかったなあ。」
「あの電話 社長だったんですか?」 「そうだよ。 時期に慰霊祭だ。 話をしようと思ってさ。」
「すいません。 寝てたもんですから。」 「いいんだ。 今から話そう。」
「俺は?」 「栄田君はショールームでも見てきてよ。」
「つまんないなあ。 最近はあっちもこっちもお払い箱だあ。」 「大丈夫。 宴会の話はこれからだからね。」
沼井の後ろで話を聞いていた初枝がチャチャを入れる。 「だからさあ、俺は宴会部長じゃないのーーーーーー。 分かってくれたかな?」
「誰が?」 「あなただよ。 あ、な、た。」
「私は前から分かってますけどねえ。」 「分かってないでしょう?」
「分かってるわよ。 宴会部長だって。」 「だからそれが違うんだっての、、、。 ったくもう。」

 栄田と初枝が突っ込み合いをしている間、俺と沼井はショールーム裏の慰霊碑を見上げていた。
「そうなんだ。 慰霊祭は日曜日にやることになりそうなんだ。」 「日曜日っすか。」
「何か都合でも?」 「いや、今はこれといって無いんですけどね。」
「それでだな、、、坊さんを呼ぶとかいろいろ考えたんだが、そんなのを抜きにしてみんなで明るくやりたいと思うんだが、、、。」
「いいですねえ。 吉沢たちも喜んでくれるでしょう。」 「まあ、酔っ払ってふざけてもらっても困るから程々にね。」
「それだったら河井の芸も見せられるかも。」 「あいつ、芸なんて持ってたのか?」
「ほら、見てくださいよ あれ。」
 ショールームの中では河井がちょうど皿回しをしようとしているところである。 「器用だね。」
「でしょう? 俺も知らなかったんですよ。 ショールームに出るようになってから始めたんだって。」 「そうか、、、。」
 窓から中を覗いてみる。 売り場の真ん中に小さなスポットが設けてある。 そこで河井が皿回しを見せていた。
拍手の音に驚いた河井は振り向くと真っ赤になった。 「うわーーー、社長が見てるーーーーー。」
「いいじゃないの。 こういう時に売り込むのよ。 大道芸人になるんでしょう?」 「そうは言ったけど、、、。」
「だったらもっと練習してきなさいよね。 芸が少ないのよ あんた。」 「あんた、、、。」
河井はレジを任されている吉田みどりに攻められて後が無いようだ。
「頑張れーーーー 河井ーーーーー!」 「お、おー。」
「はい。 最初からやり直しねえ。 河井さん。」 「そんな、、、、。」

 相談室に戻ってくると尚子が椅子に座って待っていた。 「尚子ちゃん、何か用かい?」
「用ってほどのことも無いんだけどさあ、、、。」 尚子はポケットからティッシュを取り出した。
「あんまりにも暇だから来ちゃったのよ。」 「おいおい、職場放棄かい?」
「尚子としては暇潰しの相談をしに来たわけね。」 「暇潰しか、、、。」
「ダメだった?」 「ダメダメ。 今は仕事中だから。」
「冷たいのね。 今までは許してくれたのに。」 「とはいっても、、、。」
「いいわよ。 もう来ないから。」 尚子は少し青ざめた顔で相談室を出て行った。
 「なんか変わったな。」 俺が椅子に座って天井を見上げた時、内線のベルが鳴った。
「もしもし、、、高木さん?」 「どうしたの?」
「どうしたもこうしたも無いわよ。 尚子ちゃんが、、、。」
初枝は何かに慌てている。 「何が起きてるんだ?」
「事務室が何か変なのよ。」 「分かった。 栄田君を呼んでおいてくれ。 すぐに行くから。」
 俺は内心(また自殺でもするんじゃないのか?)って思ったのだが、、、。

 「ああ、高木さん。」 事務室の前にはオロオロしている初枝が立っている。
「何が有ったんだ?」 奥から栄田も走ってきた。
「中から鍵が掛かってるのよ。 開かないの。」 「え? 事務室はまだ居るはずだよな。」
「そうなの。 でも声を掛けても返事が無いのよ。」 「よし。 体当たりだ。」
そこへ沼井も駆け込んできた。 「今度は事務室で何が起きたんだ?」
「分からない。 とにかく尚子ちゃんと連絡が取れないんだ。」 「また自殺か?」
「今から飛び込むんだ。」 俺たちの騒いでいる声を聞きつけたのか、ショールームの人たちも集まってきた。
「おいおい、君たちはお客さんが居るんだから離れちゃまずいよ。」 「でも、、、。」
「野次馬根性は止してくれ。 今はお客さんを、、、。」 「分かった。 じゃあ俺だけ、、、。」
河井が懇願するのを認めないわけにもいかず、俺と栄田は力を振り絞ってドアに体当たりを繰り返した。
 やがてドアが外れて、、、。 真正面に見えたのは倒れている尚子の姿だった。
「救急車だ!」 沼井が転がるように飛び出していった。
俺は床に倒れている尚子をじっと見降ろしている。 血の気が引いた顔で倒れている尚子は何をしていたのだろうか?
 救急車よりも先に警察がやってきた。 「この会社は事件が多すぎますねえ。 厄払いでもされたらどうですか?」
机を避けながら倒れている尚子の写真を撮り続ける捜査員が苦笑いをした。
「厄払いをしても事件は起きました。 これ以上、何をしろって言うんですか?」 「皆さんには事情聴取に協力してもらいますよ。」
 やがて救急車が到着して尚子を搬送していったが、隊員の一人は俯いて渋い顔をした。
タンカに尚子が載せられる時、髪に隠れていたチェーンのような物がチラッと見えたのだ。
「吊ったんだな。」 「え? 何?」
河井が確かめるように俺に聞いてきた。 「吊りだよ。 尚子は危ないだろう。」
「では、皆さんはこちらの部屋で待機していただきます。 お一人ずつ事情を聴かせていただきますので、、、。」
巡査長らしい警官があちらこちらに指示を飛ばしている。 俺たちも籠の鳥になってしまった。

 事情聴取が始まったのは夕方の4時頃だった。 それから一人ずつ呼ばれてあれやこれやと尋問されるわけだ。
とりわけ、俺は尚子とは肉体関係も持っていたのだから兎にも角にもうるさい。
不倫は無かったのか、尚子とはどういう関係だったのか、肉体関係はどれくらい深い物だったのか、、、。
大人だし、一人だし、お互いに不倫でも何でもないことから疑惑は消えたが、事情聴取が終わったのは10時を過ぎてからだった。 そこで俺は丸一に寄ってテークアウトで夕食を買ってから帰ってきた。
 蛍光灯も点けずに康子は寝室の布団の中に居た。 「お帰り。」
「ごめんな。 すっかり遅くなってしまって。」 「いいのよ。 仕事なんでしょう?」
やっとで起き上がった康子はソロソロと居間へ出てきた。 「体はどうだ?」
「いくらかいいみたいよ。」 「そっか。 夜飯 時間が無いから丸一で買ってきたよ。」
「そう。 悪いわね。」 「さあ、食べよう。」
唐揚げとか挟み揚げとかサラダとか、そしておまけの吸い物が有る。
「懐かしいなあ。」 「そうだ。 お前と初めて入ったあの店の味だ。」
「変わってないわねえ。」 「一年くらいじゃ変わらないよ。」
「私は変わったのに?」 「康子は何も変わってないだろう?」
「すっかり変ったわよ。 私は病人なの。」 「それだけだろう?」
「それだけでも大きく変わったわよ。 もう元気じゃいられないの。」 「落ち込むなって。 俺までめいるだろう?」
「そうねえ。 でもここは私にとって安心して死ねる家だわ。」 「おいおい、今から死ぬことを考えてるのか? やめてくれよ。」
「最悪のことを考えておいたほうがいいわよ。 いいことばかりじゃないんだからね。」
康子はそう言うと吸い物を飲みながら深く溜息を吐いた。