夕方になってようやく頭もすっきりしてきたのだが、、、。 「ねえねえ、高木さん 今夜も泊っていいですか?」
「やばいよ。 帰ったほうがいいんじゃないの?」 「でもなんか、もう少し傍に居たいなって思ってるんです。」
「それはいいけど、明日は、、、。」 「分かってます。 早めに帰って出直しますから。」
尚子はどことなく寂しそうに訴えてくる。 (でもなあ、、、。)
俺が躊躇していると彼女はまた笑顔になった。 「お料理も作りますから、、、いいでしょう?」
「そこまで言うなら、、、。」 「やったあ!」
というわけで取り敢えず彼女に合いそうなトレーナーとズボンを渡して寝室で着替えてもらった。 「見ちゃダメですからね。 可愛い女の子が着替えるんですから。」
念を押してから尚子は寝室の戸を閉めた。 気になるじゃないか。
 俺は心臓がドキドキするのを抑えながらテレビを見ている。 (どんな顔で着替えてるんだろう?)
そういえば康子もよく言っていた。 「レディーが着替える所は見ないでね。」
それを忘れて覗こうものならエッチだ廼何だのって攻めて来たっけなあ。 今は昔だ。
 6時のアラームが鳴った。 尚子は冷蔵庫を開けて野菜を探している。
「これと、、、これと、、、玉葱も有るのか。 いろいろ作れそうね。」
聞いたところによると調理師の専門学校に通っていたというから腕は間違いないだろう。 でもなんで調理師?
「私ね、本当はシェフになりたかったの。 でも資格が取れなくて、、、。」 「それで今の会社に?」
「んんん、違うのよ。 最初は営業が嫌でお掃除屋さんに就職したの。 でもそこの店長がいやらしいおじさんで、、、。」 「セクハラ?」
「そう。 暇さえ有ればやろうやろうってうるさいのよ。 それで辞めて今の会社に入ったの。」 「そうだったんだね。 俺はずっと今の会社だよ。」
「長いんですね。 営業畑から移ったんですか?」 「柳田さんとも話したんだけどさ、新陳代謝じゃないかって。」
「えーーー? そんなこと有るんですか?」 「有るんだよなあ。 俺たち古株だからさあ。」
「分かる気がしないでもないけど、、、。」
尚子は野菜を炒めながら溜息を吐いた。 確かにね、、、。
 今の社長は先代の付き人だった人。 先代が亡くなる時に「君に任せるよ。」って言われたんだって聞いている。
それからの会社は定年間近の社員を第一線からどんどん退かせてきた。 それでいいことも有るだろうけど、営業は確実に落ちている。
開発部も新商品がうまく売れなくて困っているし、販路も開けない。 これでいいのかね?

 「出来ましたよ。 今夜も飲みましょう。」 野菜炒めとかサラダとかスープが並んでいる。
「レストランみたいだねえ。」 俺が感激していると、、、。
「中年男性の一人暮らしは手抜きが多くなるから、たまにはいいでしょう?」って笑ってきた。
今夜も尚子を前にして食事をする。 それだけでどっか暖かい感じがする。
今日は木曜日。 明日を頑張れば休みだ。
仕事のうっとおしさも忘れて尚子との会話を楽しんでいる。 今夜も酔いそうだな。
外を消防車が走って行った。 何処かで火事でもやったのかな?
学生たちの笑う声が聞こえる。 部活の帰りなのかな?
一学期が始まったばかりだからそうでもないのか。 懐かしいもんだな。
 俺の学生時代はちょうど70年代後半から90年代の頭にかけての頃だ。
オイルショックとかバブル景気とか、勇ましかったよなあ。 個性的なアイドルも多かった。
思えば尚子も同じような世代じゃないか。 不思議な親近感が有るよね。
 あの当時はホテルニュージャパンの火災とか、グリコ森永事件とか、象徴的な事件や事故も多かった。
すごい時代だったんだ。 今では考えられないよ。
 気付いたら尚子は俺の隣に座っていた。 「ここが安心できるんだ。」って。
誰かが言っていた。 女は50を過ぎてから本当に女らしくなるんだよって。
言われてみればそうかもしれないな。 若い頃には若いなりの魅力が有る。
でも今は今でそれなりに魅力が有るような気がする。 「それなりにってどういう意味ですか?」
「いやいや、おばさんだからとかそんなんじゃないんだ。 尚子ちゃんを見ていて思ったんだが、女らしい落ち着いた色気を感じるんだよ。」
「落ち着いた色気?」 「そう。 食事を作ってる後ろ姿にも柔らかさを感じるんだよ。」
「そうなのかなあ? まあ私はまだ若いって思ってますけどねえ。」 苦笑する尚子もまたどこか意地らしく見える。
トレーナーじゃなくてスカートだったらどうだったのかな? それは男の欲求ってやつか。
 食事が済むとお互いにのんびりしている。 尚子はスマホで何かを検索しているらしい。
俺はというと酔った頭で考え事をしているのだが、、、。
 「風邪ひいちゃいますよ。」 尚子が毛布を持ってきた。
その毛布に包まると尚子も一緒に寝てしまった。
静かな静かな部屋の中で寝息だけが聞こえている。 何とも幸せな夜である。
 時々、寝返りをする。 そのたびに俺は尚子のパンチをお見舞いされる。
けれどまあ、怒る気にもなれない。 好きだって言ってくれた女だし、、、。
たまに目を覚ましては尚子の顔を覗いてみる。 これまで彼氏が居なかったとは信じがたいことにも思える。
(気付いていなかっただけで本当は居たのではないか? でももしそうなら康子だって、、、。) まあその辺は立ち入らないことにしようか。
初体験だったことに変わりはないのだし、いいじゃないか。
 それにしても女って不思議な生き物だと俺は思う。 それは俺が男だからかもしれないが。
恋をしてそれが結ばれ、絡み合って愛に変わる。 そして妊娠して新しい命を宿す。
自分の体の中でもう一人の人間が成長し、やがて出産となる。 それはいったいどんな気分なのだろう?
自分の腹の中でもう一人の人間が動いている。 それを女性はどう感じているのだろう?
やがて時が来れば出産することになるが、どのような思いで我が子を送り出しているのだろう? それは男には謎である。
こうだと言われてもほとんど全ての男が分かったような分らないお伽噺のように聞くことになるだろう。
 今、尚子は隣で寝ている。 もしも彼女が妊娠し出産するとなれば同じように思うのだろうか?
そっと尚子の腹に手を置いてみる。 暖かい体だ。
でも今夜は奪わないでおこう。 幸せそうな寝顔を見て俺は自分にそう言い聞かせるのだった。