それからしばらく、黙々と作業するふたり。

他のクラスメイトも帰っていき、ふたりきりの教室には、プリントを捲る音とホチキスの音だけが響く。


拓弥「そうだ。心菜に良いものやるから手出して」

心菜「どうしたの? 急に。 まさか、変なものじゃないよね」

疑いの眼差しで拓弥を見る心菜。


中学の頃、心菜は拓弥に『手出して』と言われて手を出すと、カエルのおもちゃをのせられたことがあったからだ。


心菜(ほんとにあのときは、腰が抜けそうになるくらいびっくりしたんだから)


拓弥「変なものじゃなくて、心菜の好きなものだよ。はい」

心菜「えっ、これ……」


拓弥が心菜の手のひらにのせたのは、心菜の好きなイチゴのキャンディ3つ。


拓弥「心菜それ好きだろ? 今日のお見舞いとしてやるよ」

心菜「嬉しい。拓弥、ありがとう」


心菜は包みからキャンディを取り出し、さっそく口へと放り込む。


心菜「んー美味しい」

拓弥(やば。幸せそうに食う心菜の顔、めっちゃ可愛いな)


キャンディを食べる心菜を、拓弥は愛おしそうに見つめていた。


○30分後、昇降口

心菜「やっと終わったね」

拓弥「ああ。お疲れ」


日直の仕事を終え、心菜と拓弥が一緒に昇降口までやって来ると外は雨が降っていた。


心菜「うそ。朝は晴れてたから私、今日は傘持ってきてない」

拓弥「俺、折りたたみ傘持ってるけど。良かったら、一緒に入ってく?」

心菜「え!?」


拓弥の申し出に、目を丸くする心菜。


心菜「それって私と拓弥が、あ、相合傘するってこと……?」

拓弥「あ……」


心菜に言われてその意味に気づいた拓弥が、頬をわずかに赤らめる。


心菜「拓弥、好きな子がいるって前に私に言ってたでしょう? 相合傘は、いつかその子としなよ」


心菜は自分のカバンからタオルを取り出し、頭に被る。


心菜「私なら、大丈夫だから。ほら、バカは風邪引かないって言うし? それじゃあ、また明日!」


拓弥に手を振ると、心菜は雨の中を走り出す。


拓弥「……その好きな子っていうのは、心菜のことなんだけど」

拓弥「俺の気持ちに気づかないなんて、ほんとバカな奴」


拓弥の呟きは、心菜に届くことはなかった。