カリナ様の真意を悟った上で、私は無我の笑みを浮かべた。
「心配してくれてありがとうございます。最初は落ち込みもしましたけどもう平気です。正直にお話しするとフィリップ様と婚約していた頃よりも今の生活がとても楽しいし、お店の経営に生きがいを感じています。――それもこれも、あなたがフィリップ様とよろしくやってくれたお陰よ。カリナ様、ほんっとうにありがとう」
 真っ直ぐ視線を見据えて本音をぶつたことで、カリナ様にも私の気持ちが伝わったみたいだ。途端に彼女は表情を引き攣らせる。

「そ、そう、ですか……お幸せなら良かったですっ」
「カリナ様もフィリップ様とはどうぞ末永くお幸せに」
 私が満面の笑みを浮かべる一方でカリナ様はぎりりと奥歯を噛みしめるとハリスを連れて帰っていった。
 やれやれと肩を竦めていると、お昼休憩から戻ってきたラナが厨房からやって来る。

「お嬢様、休憩が終わったので交代しますよう。って、あれ? もしかして何かありましたか?」
 ラナは私が少し疲れていることに気がつくと気遣わしげに尋ねてくる。
「ううん、大したことないわよ。ちょっぴり癖のあるお客様がいらしていただけ」
 ラナにカリナ様が来ていたなんて正直に打ち明ければきっと憤慨して今からでも追いかけるだろう。彼女の両肩を掴んでガクガクと激しく揺さぶってから「二度とうちに来るな!」と怒鳴るに違いない。
 知らないままの方が平穏でいられることもある。

 そして、カリナ様は二度とここには来ない――そんな予感めいたものを私は去っていった彼女の背中から感じたのだった。