不思議なことに私が作るお菓子は、作り手である私の感情に左右されることがある。確かな証拠があるわけではないし、気のせいだと一蹴されてしまえばそれまでだけど、マイナスな感情に囚われてお菓子を作ると必ず食べる人にも影響が出てしまうのだ。
 お母様を亡くした直後に領民の鉱夫たちにビスケットを配ったら皆の気分が沈んでしまって仕事の士気が下がってしまったことがあった。
 その反対に私が食べる人の幸せや健康を願って作ったお菓子を鉱夫たちに配ると、いつものように明るく元気に働いてくれた。
 その経験以降、私は厨房に立つ際は必ず食べる人の幸せや笑顔を想像しながら作ることにしている。だって、私のお菓子で誰かを不幸せな気分になんてしたくないもの。

 ボウルの中に溶いた卵を少しずつ入れながら泡立て器で混ぜたいると、店内から「可愛い~!」という女性客の黄色い声が聞こえてきた。私のお菓子を愛でてくださるお客様にしてはいつもよりも声のトーンが一オクターブくらい上がっている気がする。

 何となく興味を惹かれたので作業の手を止めると、私は厨房の覗き窓から店内の様子を観察する。すると試食品のコーナーには人集りができていた。
 ラナを探すと彼女はその人集りの脇に立っていて女性客と同じように可愛いと口を動かしていた。

 一体何がそんなに可愛いのだろうか。
 人集りの中心へと目を凝らして見てみると、たちまち私は素っ頓狂な声を上げた。