「だけどアルだけを好きになってもらうのは違う。ネルも含めて彼女には自分を受け入れてもらいたい。だからネルであることを正直に話すべきなのは承知しているし、王子殿下にも時が来たら必ず告白すると宣言もした……けど」
 今まで可愛がっていた男の子の正体が成人男性だったと知ったら絶対に気持ち悪いと思うに決まっている。
 故意に騙したわけではないがシュゼットが憤慨する姿が容易に想像できてしまう。
 そしてその先を想像すると怖くて堪らない。

 ――今まで可愛がっていたネルがアルだと知ったら、軽蔑されるに決まってるし二度と口を利いてくれないと思う。お店も出禁になるだろう。
 一番は彼女の口から『嫌い』という言葉が出た時だ。それを想像すると心臓をナイフで思い切り刺されたみたいな、鋭い痛みが走る。
 姿見に映る自分の顔があまりにも情けなくて前髪をくしゃりと掴む。普段通り構えていればいいのに、シュゼットのこととなると弱気になってしまう。


「姿見の前でじっとして、どうしたんだ?」
 声がする方を見ると扉の前にエードリヒが腕を組んで立っていた。
「ノックもなしに……何かご用ですか王子殿下?」
「つれない物言いだな。ネル君」
 冷ややかな声で尋ねれば、エードリヒがいつもの穏やかな微笑みを浮かべながら近づいてくる。
 アルはネルと呼ばれて苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「その名前で呼ばないでくれます? 王子殿下に言われると薄ら寒いので」
「それなら大人の姿を取ればいいだけの話だ」
「日の出からお昼の間は子供の姿になってしまうんです。戻れるならとうにやってますし、わざわざ朝早くからここへ来る必要もありません」