「あ。いえ、別に僕は……」
 どう答えるべきなのか言葉を詰まらせていると、シュゼットがぽんとネルの頭の上に手を置いてから撫でてくる。続いてやにわに口元を耳元に寄せてくると、悪戯を打ち明けるように囁いた。

「実を言うとね、クレープとは別でネル君のためにクッキーも焼いてあるのよ。今から一緒に食べましょうね」
 シュゼットはネルから離れると目を細める。

「クレープの味付け、ネル君の好みとは少し違っていたの。だからきちんとあなたの好きな味で楽しんでもらいたくて」
 ネルは目を瞠った。まさかわざわざクレープとは別にクッキーを焼いてくれていたなんて予想していなかった。


 他の誰のためでもない自分のためだけに焼いてくれたクッキー。

 それだけでネルの心に重くのしかかっていた不安も焦りも苛立ちもスーッと消えて軽くなっていく。
 ネルは胸の上で手を重ねると小さく息を吐く。
「うん、一緒に食べる……食べるよ。お嬢様」
 近い未来、必ず真実をシュゼットに伝えなくてはいけない。だけど、今はまだこの関係のまま側にいたい。

 ――これが我が儘なのは分かってる。だけど、嫌われるかもしれないその前にもっとお嬢様との時間を過ごしたいから……。
「さあ、行きましょう?」
 優しい眼差しを向けるシュゼットがネルの前に手を差し出す。
 ネルは小さく頷くとシュゼットの手を取って、しっかりと握り締めるのだった。