茉白の母は3年前に病で他界した。
社員として直接LOSKAに関わるようなことは無かったが、商品や経営方針について客観的な立場から的確に意見をくれるような人で、父とはずっと仲が良かった。
それだけに、妻を亡くしてからの縞太郎はどこか生気の無い雰囲気で、仕事に対するモチベーションなども下がってしまった。

茉白は3年前から父の分まで頑張ろうと、営業だけでなく企画にも携わり、新規の取引先の開拓にも意欲的に取り組んできた。
それでも父の経験に比べてまだまだノウハウの無い茉白では業績の維持も難しかった。

(これをきっかけに巻き返せるといいな…)

——— 中のパイピングも丁寧にされてて、ファスナーもきれいに真っ直ぐ縫われてるし、金具の滑りもとても良い。裏地の布にこだわってるのもわかった。これは良い商品だと思う。

ふと、先程の商談の時の遙斗の言葉を思い出した。

(雑貨バイヤーになったばっかりのはずなのに、ポーチの大事なチェックポイントを押さえてるって感じだったなぁ…色ごとの発注数とかも私の売れ行き予測通り…)

(あ、でもアパレル部門には詳しいはずだから、ポーチも詳しかったのかな。)

——— うちでのLOSKAの過去の商品の売り上げデータも見たけど、地味ながらも確実に売れてるな。ECサイトのレビューなんかで見たら固定のファンもいるようだし。

(忙しいのに、うちの会社のこと調べてくれたんだよね。もしかして取引先全部調べてるのかな…なんていうか…プロ意識の塊みたいな人だった。)

——— 俺だって熱い想いみたいなものは大事だと思ってる。

(………あの時、あの顔でまっすぐ見つめられたから思わずドキッとしちゃった…。)

(でも、顔がカッコいいからとかそんなんじゃなくて…誰よりも真剣なんだってわかった。)

茉白の心臓がキュ…と小さな音を立てた。

——— だいたいワニってもっとかっこいいだろ…なんだよこれ…

(あの時の不満そうな言い方はちょっと可愛かったな。)

茉白は「ふふっ」と思い出し笑いを浮かべた。

(ま、本来なら雲の上の人って感じだし、次の商談までしばらく会うこともないかな。)