「あの…本当にありがとうございます。」

商談が終わりに差し掛かった頃に茉白があらためてお礼を言った。

「本当は昨日の商談で断られても仕方ないってわかってるんです。雪村専務の…バイヤーの立場だったら数字が全てなのは当たり前ですし。なので、あらためてこんな機会をいただけて、注文まで—」

「何か勘違いしてるみたいだけど」

茉白のお礼の言葉に被せるように遙斗が口を開いた。

「俺は別に数字が全てだなんて思ってない。」

「え…」

「このポーチみたいに質が良くても、スケッチとか本人の弁に熱い想いがあっても、それだけじゃ俺が会社や店舗スタッフを納得させられない。その質と想いの裏付けに数字やデータが大事だって思ってるだけだ。俺だって熱い想いみたいなものは大事だと思ってる。」

遙斗は茉白の目をまっすぐ見て言った。

「LOSKAさんの熱い想いがこの場を作ったんですよ。」
米良が言った。

「あ!」

「何?」
茉白が何かを思い出したような声を出したので、遙斗が怪訝(けげん)な顔をした。

「あの…私の名前はLOSKAじゃないです。真嶋です。」

そう言って、茉白は昨日も渡した名刺をまた遙斗に差し出した。
昨日名刺を交換しなかった米良にも渡した。

「マシマ…マシロ?」

遙斗が初めて見るような顔で名刺を見た。

「はい。」

(やっぱり名前なんて全然覚えられてなかった…メールも送ったのに…)

「なんかマシュマロみたいな名前だな。」
遙斗が言った。

「あ、それ嬉しい方です。」

「嬉しい方?」

「よく“にんにくマシマシ”とか言われるので。マシュマロだったらかわいいから嬉しいです。」

「覚えやすい良い名前ですね。」
米良がにっこり笑って言った。

「本当ですか?母がつけてくれた大好きな名前なので、覚えてもらえたら嬉しいです!」
茉白はまた、米良に笑顔を見せた。