「……今までの恨みもしがらみも全部捨てて。
 誰にも迷惑かけずに、一からやり直そうと思ってたのに。

 今、この廊下を見て、ホッとしている自分がいます」

 やっぱり、駄目ですね、私……と苦笑いしたが。

 そんな和香の肩を抱き、耀は言った。

「大丈夫だ、強がるな。
 駄目なのは、お前だけじゃない。

 俺もお前がいない未来は想像すらできない――」

 もう一度、耀がそっと口づけてくる。

 和香が開けた扉を片手で押さえていた耀は、

「まあ、入れ」
と和香に言ったあとで、和香の斜め後ろを見て言う。

「蚊も」

 ――蚊も!?

「まだ、春ですよっ?」

 和香がいつもの素っ頓狂な声と顔で振り返ると、耀が笑い出す――。