フラッシュバックする。
 レイジは、バイクにまたがって、スラム街に向かった。
 昨夜、別れたリンという女の依頼を受け、リスの穴倉に向かう途中だ。
 リンの喘ぐ姿が、瞼の裏に何度も焼き付いたフォトグラフのように、現れて、仕事にも支障をきたしそうだ。
 閑静な住宅街から、エンジンをふかしながら、標識もない世界へと入っていく。ミラーを何度も確認し、左折する。
「ねえ、レイジ」
 リンの声。
「ねえ、レイジ、私のボディガードになってよ」
 レイジは、金はいらないと言った。
 とっさの気の迷いではないことだけは確かだ。
 いや、気の迷いだったのかもしれない。
 夜が、レイジとリンを包み込んで、愛が終わるころ、こうして、バイクを飛ばすのは、美しいことだ。
 リスの穴倉に侵入する。
 すっと消える。
 リンの幻が。
 物珍しそうな視線を向けてくるものはいない。
 完全に溶け込む。
 ここは、破壊と聖遺物の街。
 関心を向けてくるとしたら、金をせびる悪漢だけ。法の支配も及ばない無情の世界。
 不意に遠くの空から銃声が聞こえる。
 乾いた音と、悲鳴、嬌声。
 無関心。
 今日は仕事だ。もともと、金をもらわなければ、人助けなどしない。あるいは女の体を抱けなければ。
 リスの穴倉の臭い。小便と下呂の飽和したなんとも不快な刺激は、むしろ居心地がいい。いくら殺しても、助けなどこない。悪漢をやるのは、興奮する。正義のためではなく、快楽のためではないと言ったらうそになる。そう、むしろ、生きるためだ。
 バイクを路肩に止めた。
 ここでは、一番大きなダンスホール。
 看板には卑猥な裸の女が描かれている。SMを意識した絵は、煽情的だったが、銃で粉々に打ち抜きたくなる。
 仕事の前には強心剤を打たない。
 ほかの奴は必ず打つらしいが、鈍る。
 レイジの神経は、極限まで高まると、バンして、本能が解放される。
 受付に金を払い、ねめつけるように見てくる馬鹿ッ面に拳を叩きつけてやりたくなったが、にこやかとは言えない笑みを向けて、あえて、演じてみせる。そう、同じ馬鹿ッ面を。すると、受付は、一瞬いやらしい顔になったので、やはり一発お見舞いしたくなったがこう言い換えた。
「今日は、曇りだね」
「ああ、小鳥は飛んでいるんじゃないか」
「ジョークがうまいね」
 レイジは、多めにチップをやった。
 すると、受付は、煙草をさしだしてきた。投げやりな感じで。
 受付がよこしたのはもちろん薬だ。
 ジッポで火を点け、すっと煙を灰にいれると、一気に性欲が高まる。安い違法薬物だが、敵を欺くためだ。
 そして、ダンスホールに入る。
 ダンスホールの名は、「チープワイン」
 さあ、今宵は、三人。
 リキュール。
 リンを狙う女子大生らしいが、レイプをしないで殺してやろうか。
 チープワインの扉を開ける。
 フラッシュバックする。
 あの日の幻が……。