暗黒街のボス。
 彼は、狙っていた。
 そう、あの男を。
 娘をかどわかされた。
 疾走するブラックカー、それから、撃ち乱れるアジトの奥に蜂の巣になって眠っている野郎。
 がんじがらめの肉体の奥で、胎動する野蛮なソウル。
 逆十字の烙印が、額に押されていて、微かに燻るように、火を放ち、煙を上げている。
 拷問に次ぐ拷問。
 肉体からは、焦げた臭いが鼻をつき、椅子に座った拷問官が、月も見えないその部屋で、笑っている、まるで闇に眠るフェンリルのように。
 瞼を閉じている。
 拷問官はすっと立ち上がり、腕からナイフを取り出した。
「さあ、死ぬにはまだ早いぞ、バクト」
「俺の名を呼ぶな」
 逆十字は血を滲ませている。流れる。その裂傷に一撃。ナイフの柄で。
 鈍い音がして、骨が砕ける。
 うめき声一つ漏らさず、見据える。
 眼は、怒りの先の幻視を見ていた。
 ビジョン。
 千兆年前のパストノバ。
「その眼だ! バクトおお!」
 今度は、こぶしをどてっぱらに叩きつけられた。
 それからは、火で、全身をあぶられて、見るも無残な有様になる。
 こん!
 ノックがして、一人の男、初老の男が入ってくる。
 杖を持っていて、頭をパープルに染めていた。片目は義眼、もう一方の眼は、下弦の月のように細められて、二ッと笑うと、歯はすべて黒い。
 まるでガスバーナーのような声で、こう言った、腹がぐぬっと動く、それは見るも奇怪な、ゴブリンのようだ。
「呼ばないか?」
「はい、ボス。なかなかしぶといですよ、こいつ。すべての腱を切ってやりましたが、まだ吐かない、奴の居場所を」
「貸せ」
 そういってボスと呼ばれた男は、ナイフを奪った。
「拷問は、こうやるんだよ!」
 ペニスを切った。
 血がどっと流れた。
 バクトは絶叫した。
「ひひひひひ!」
 そして、けつをまくり上げて、バクトの肛門に鉄パイプを突っ込む。
 バクトは、ぐっと歯を噛む、その瞬間に、ボスは、柄で勢いよくバクトの耳を切り落とした。
「ゴッホ!」
「おおおお!」
 バクトは、暴れるが、絶命する寸前に、奴の名を呼んだ。
「レイジ! すまない!」
「吐いたぞ!」
 そして、ボスの義眼が、ぬぷっと取れて、空洞の奥から、ググっと目が飛び出した。
バクトのビジョン・アイザー、片目をナイフで巧みにくりぬいて、その目に、自身の眼を植え付ける。
「見えた! 奴は、千兆年前の地球にいる。はははっは!」
「肉体憑依(ラドバッタ)!」
 すると、ボスの体がバクトの眼にずずっと吸い込まれて、うねる。
 すさまじい肉体波動が炸裂し、ボスはバクトになった。
「トランスフォーム完了ですね。ボス」
「バクトと呼べえ」
「あははははははは!」
 ボス、否、バクトは鎖を解かれて、体を確かめる。肉体は、再生している。そして、こう言った。
「水をよこせ」
 水を一気に飲むと、
「さあ、地球へ行くぞ。用意しろ。レイジを殺す」
 と言って、部屋を出た。
 なにもない部屋には、鮮血だけが、残されていた。