Good day !【書籍化】

「あの、佐倉さん。いつからそこに?」
「ん? 20分くらい前かな」
「えっ! そんなに前から? すみません、気づかなくて……」
「だからすぐ謝るな。お前の勉強の邪魔をしたくなくて、声をかけなかったんだ」
「そうなんですね。お気遣いいただいて、ありがとうございます」

そんなふうに言われると、ますます肩身が狭くなる。

「あー、えっと。もしかして、クロスウインドランディングの勉強を?」
「はい、そうです。あの日、佐倉さんが操縦された時の感覚を覚えているうちに復習したくて。それに……」

言葉を止めた恵真に、なんだ?と大和が促す。

「はい。やっぱりどうしても教えていただきたくて。ウイングローのコツを」

うぐっと大和は顔をしかめる。

「あの、でも! まだまだ勉強不足なのは自覚してますので。もっと経験と知識を蓄えてからまた質問させていただければと」
「いや、待て! そんなにご大層な話じゃないんだ。だから、その、そこまで思い詰めないでくれ」

は?と、恵真は首をかしげる。

「えっと、それはどういう……?」
「いや、その。つまり、そんなに大げさに構えないでくれ。そこまでの話じゃないんだ。期待されると困る」

恵真は、ますます首をかしげて考え込む。

「でも、今の私には話せるようなことではないのですよね?」
「それはまあ、そうだな。確かに、うん」
「ではやはり、勉強しておきます」
「ちょっ、いや、だからそうじゃなくて」

はあ、と大和はため息をつく。

「あのさ、その……。聞きたがってるウイングローのコツ、お前の彼氏に教えておいてもいいか? お前は彼氏から聞けばいい」
「…………は?」

たっぷりと間を置いてから、恵真がキョトンと目を大きくする。

「彼氏って、誰のですか?」
「だから、お前のだよ」
「私の?」
「ああ。伊沢とつき合ってるんだろ?」

すると恵真は、急に思い出したように頷いた。

「あ、はい! 忘れてました。そうなんです!」
「は? 忘れてました?」
「ああ、いえ、こちらの話でして。あはは」

なんだ?と首をひねってから、とにかく!と大和は続ける。

「伊沢に話しておくから。お前は伊沢にレクチャーしてもらえばいい」

すると恵真は、急にしゅんと元気をなくした。

「ん? どうした?」
「私ではダメなのでしょうか?」
「え? どういう意味だ?」
「佐倉さんは、直接私には話してくださらないのですね? それはやはり、私がよほど至らないからなのでしょうか」
「だから、違うって!」

慌てて否定するが、恵真は目を潤ませてうつむいている。

「わ、分かった。分かったから! ちゃんとお前に話す。時期が来たら、直接お前に話すから。な?」

恵真は、そっと大和の顔を見上げる。

うるうるとした瞳で見つめられ、大和はますます焦った。

「約束していただけますか?」
「う、うん。約束する。必ず」

すると恵真は、ようやくホッとしたように笑顔を浮かべる。

「ありがとうございます! 勉強、がんばっておきますね」
「あ、ああ」

ますます事態が悪化した気がして、大和は心の中で深いため息をついた。