Good day !【書籍化】

SUVの助手席のドアを開けて「どうぞ」と促すと、恵真は「失礼いたします」と言って乗り込む。

「えっと、住所は?」

カーナビを操作しながら、恵真が口にする住所を設定した。

「よし、じゃあ行こうか」
「はい。よろしくお願いします」

恵真は神妙な面持ちで身を硬くしている。

「ほんとに風強いな。車でも煽られる。ウイングローで走行するか?」

冗談交じりに笑ったが、恵真は固まったままだ。

「えーっと、今日は大変だったな」

とりあえず話し出すと、恵真は「はい」と頷いてうつむく。

「どうした? 元気ないな」
「あ、いえ、あの……」

少し言い淀んでから、思い切ったように口を開いた。

「実は私、すごく……こう、色々なハプニングを起こしやすいんです。同僚にミス・ハプニングって呼ばれるくらい。佐倉さんも、伊沢くんから話を聞かれたんですよね?」
「ん? ああ、まあ」
「だから、今日のマイクロバーストも私のせいなんじゃないかと。私、伊沢くんと違って、毎回必ずフライトでなにか起こるんです。子どもの頃からそうなんです。いつも不運に見舞われて……。子どものうちは笑い話になる程度だったから良かったんですけど、パイロットになってからは……。決して笑えないですよね」

恵真の話に、大和は黙って耳を傾ける。

「だんだん怖くなってきたんです。私が乗務するとなにかが起きる。私の便に乗るお客様や乗務員は、ちゃんと安全に降りられるんだろうか。もしものことが起きたら……って、そう思うと怖くて。今日のマイクロバーストも、きっと私の不運のせい。もし佐倉さんがキャプテンじゃなかったら、どうなっていたのか……」

恵真は膝に置いた両手をギュッと握りしめる。

大和は少し考えてから道を曲がり、広い脇道に出て車を路肩に停めた。

「藤崎」

右手をハンドルに載せて、身体を恵真に向ける。

「いいか、よく聞け。まず今日のマイクロバーストはお前のせいじゃない。考えてみろ、お前はマイクロバーストを起こす能力があるのか? それとも風神様なのか? 違うだろ」
「は、はい。普通の人間です」
「なら、今日のことは無関係だ。それからフライトでなにかが起こっても、決して不運だと思うな。お前は操縦桿を握るパイロットだ。パイロットが不運だと思えば、必ずそれは操縦にも表れる。そしてそれはお客様にも影響する。いいか、どんな事が起こっても淡々と処理するんだ。そしてそれが出来る技術を身につけろ。どんな時も落ち着いて冷静に判断し、自分と飛行機の能力を考えながら、安全を守る為にはどうするべきかの結論を出す。分かったか?」

恵真は真っ直ぐに大和を見つめて、ゆっくりと頷いた。

「はい」

先程までの暗い表情から、決意に満ちたパイロットの顔に変わった恵真に、大和も大きく頷いてみせた。