「それでは、お邪魔しました」

 広い玄関で靴を履いた朱里は、聖美の母に頭を下げる。

 「またどうぞ、いつでもいらしてくださいね」
 「はい、ありがとうございます。それに自宅まで送っていただけるそうで…。お気遣いありがとうございます」
 「いいのよ。こちらこそ楽しい時間をありがとう」

 それでは失礼しますとお辞儀をして、朱里は聖美と一緒に玄関を出た。

 大きな黒いセダンがすぐ目の前に停まっており、運転手が後部座席のドアを開けて待ってくれている。

 「聖美さん、今日はありがとう!楽しかったわ」
 「こちらこそ。またぜひ遊びに来てくださいね」
 「ええ」

 にっこり笑ってから、朱里は車に乗り込んだ。

 運転手がリモコンで大きな門扉を開け、ゆっくりと車を進ませる。

 朱里が後ろを振り返り、窓越しに聖美に手を振った時だった。
 聖美の背後の垣根に、何かがサッと動くのが見えた。

 (え、なんだろう…)

 そう思いつつ、とっさに朱里は運転手に、止めてください!と叫んでいた。

 ドアを開けて外に飛び出した時、聖美の背後からいきなり男が現れて、後ろから聖美の口を塞いだ。

 んー!と聖美が声にならない悲鳴を上げる。

 「何するのよ!離しなさい!」

 朱里は男の腕に飛びつき、バランスを崩した男に力いっぱいビンタを食らわせた。

 「いって!この女…」
 「聖美さん、早く逃げて!」

 運転手が聖美をかばって男から遠ざけ、ホッとした瞬間、朱里はみぞおちに衝撃を感じた。

 うっ…と身体が硬くなり、意識がスッと遠のく。

 「朱里さんっ!!」

 悲鳴のような聖美の声を聞きながら、朱里は意識を失った。