【改稿版】シンデレラは王子様と離婚することになりました。

(……タクシー?)

 違う。光を受けて輝くエンブレム。艶やかな黒塗りの高級外車だった。

 戸惑っていると、運転席の窓がすっと開いた。

「こんな夜中に……裸足でどうされたんです?」

 穏やかな声で話すのは、眼鏡をかけた三十代半ばほどの男性。

 切れ長の瞳を縁取るフレームが知的さを際立たせ、整った甘い顔立ちには落ち着いた大人の余裕が漂っている。

 柔らかな物腰と品のある微笑みは、見る者を自然と安心させるのに、不思議と視線を離せなくなる魅力を備えていた。

「いや、その……靴を落としてしまって……」

「へえ、まるでシンデレラですね」

「いやあ、あはは……」

 照れ笑いを浮かべた瞬間、後部座席の窓が静かに下りた。

「なにがシンデレラだ。こんな色気のない靴で」

 低く冷ややかな声とともに、黒いリクルートパンプスが目の前に掲げられた。

 その手に握っているのは──社長だった。

 目を逸らすことすら許さない鋭い視線に捕らえられ、息が喉で止まる。

 口を開こうとしても声にならない私を前に、彼は不敵な笑みを浮かべた。

「……おい。逃げようなんて思うなよ。無駄だからな」

 ぞくりと背筋を這い上がる緊張感に、蛇に睨まれた蛙のように身体が固まる。

 その瞬間、心の中で小さく呟いた。

(……終わった。私の負けだ)

「とりあえず、乗れ」

 ドアが自動で開く。

 観念して、私は車内へ足を踏み入れた。