「ノア様。リリー様。子規堂七海、只今参りました」
深く、深く頭を下げる。あのお二人方が顔を上げろと言うまで、私は一切動じてはならない。
そういう決まりだ。
「七海。待っていましたよ」
「顔を上げなさい」
優しく声をかけてきたのはリリー様。そして、厳格な雰囲気を全身に纏い、顔を上げろと言ってきたのはこの屋敷の主であるノア様だ。
「氷織颯霞との婚約が決まったことを直接伝えに参りました」
「ああ」
ノア様は一瞬にして難しそうな顔になり、眉をひそめる。屋敷の外から聞こえてくる葉の揺れる音が妙に鼓膜に響いた。
「あちらは何も怪しんではいなかったか?」
「はい。その可能性は断じてありません」
「……ああ、それなら良いのだ」
ノア様は瞳を伏せて、机上に広げてある報告書に何やら書き足し始めた。おそらく、本部へと送る密告書だろう。