夏の避暑地から王宮に戻ると、いつもの日常が待っている。
私はアカデミーへ通い、ノアは時間を見つけては、そこに会いにくる。
「君もこの城に部屋を持てればいいのに。どうしても聞き入れてもらえないんだ」
「仕方ないわよ。その代わり館を一つ使わせてもらっているのだもの。わがままは言えないわ」
「王宮の客室ならいいって、言うんだ。そんなの僕の部屋から通うには遠すぎる。どうしてだと思う? 完全に兄さんたちからのイジメだ」
「ねぇ、もう時間よ。さっきからエドガーがにらんでる」
「あぁ……」
ノアは大きなため息をつくと、ようやくソファから立ち上がった。
「夜中に城を抜け出したくても、監視の目が厳しくて」
「これ以上彼を困らせてはダメよ」
「アデルまでそんなことを言うんだ」
ノアはムッと機嫌を悪くすると、そのまま行ってしまった。
シモンの別邸で、パーティーから抜け出してキスをした。
その時のことが頭をよぎる。
これ以上ノアの近くにいたら、本当にどうにかなってしまいそう。
その夏の経験を生かして、この小さな緑の館でも、初めてのパーティーをしようという計画が上がっている。
エミリーが言った。
「ま、セリーヌという監視役がいることだし? あそこまで好き勝手は出来ないでしょうけどね」
「それは無理よ。楽しかったけど」
「また来年までお預けね」
「ね、ポールとはどうなってるの?」
「そんなこと、アデルになんて教えないわよ」
「なんで? 別にいいじゃない」
「……。すっごい長くなりそうなんだけど、ホントに聞いていただけますの? 覚悟はよろしくて?」
「もちろんですわ」
「ならよろしい」
コホンと咳払いしたエミリーに、私はツンと返事を返す。
二人で顔を見合わせると、同時に笑いだした。
やがて庭の木々も色づき始める。
外を吹く風がすっかり涼しくなり始めた。
「アデル、大ニュースだ!」
その日、ノアはエドガーと共に館の庭へ飛び込んで来た。
「ずっと任されていた治水工事が、ようやく始まるんだ!」
馬から飛び降りるなり、開け放していた庭から部屋に入ってくる。
「アリフ地方の川で、それほど大きくはない川なんだけど、いつも氾濫してて、そこの河川工事が……」
ノアが一生懸命話しているのを、私はにこにこと聞いている。
「そう。よかったわね。ノアにとっては、初めての大きな仕事になるのね」
「これから雨の少なくなる季節だから、水量も落ちる。その間に、基礎工事の下見と、実際の工事計画を見直すんだ」
ノアは、私の手をぎゅっと握りしめた。
「現場を見に行ってくる。ついでに周辺の村や町の様子も見たい。これから日程を詰めるんだけど……。しばらく、王宮を離れることになる」
「そっか。気をつけていってらっしゃい」
「……。工事の下見が、どれくらいかかるか分からないんだ。アリフに行く途中で、道中の町や施設にも立ち寄ることになるかもしれない。せっかくだからね」
「素敵。色んな所を視察してくるのね。ぜひ実りの多いものにしてきて」
「……。一週間や10日どころの話しじゃないよ。最低でも一ヶ月はかかるかもしれない。行くだけで2日3日かかるところだから……」
「アリフの名産って、何かしら。ここよりもだいぶ北よりの地域よね。これからの季節だと冬になるし、日持ちするものじゃないとダメってことね。だったら何か他の……」
「アデル!」
突然、ノアは怒りだした。
「アデルは、僕がいなくなって寂しくないの?」
「だって、お仕事なのでしょう? 寂しいって言ったって……」
「離れたくないって言った、約束を破ろうとしてるんだよ、僕は!」
それはそうかもしれないけど、さすがに今回は事情が違う。
返す言葉が見つからない私に、ノアはガックリと首をうなだれた。
「嫌がるか、一緒に行くってごねるかと思った」
ノアはムッとすねたような顔をすると、くるりと背を向けた。
入って来た庭から出て行こうとするのを、ピタリと立ち止まる。
振り返ったノアと目が合った。
「ここで追いかけてくるの!」
あぁ、もう。面倒くさい!
私はアカデミーへ通い、ノアは時間を見つけては、そこに会いにくる。
「君もこの城に部屋を持てればいいのに。どうしても聞き入れてもらえないんだ」
「仕方ないわよ。その代わり館を一つ使わせてもらっているのだもの。わがままは言えないわ」
「王宮の客室ならいいって、言うんだ。そんなの僕の部屋から通うには遠すぎる。どうしてだと思う? 完全に兄さんたちからのイジメだ」
「ねぇ、もう時間よ。さっきからエドガーがにらんでる」
「あぁ……」
ノアは大きなため息をつくと、ようやくソファから立ち上がった。
「夜中に城を抜け出したくても、監視の目が厳しくて」
「これ以上彼を困らせてはダメよ」
「アデルまでそんなことを言うんだ」
ノアはムッと機嫌を悪くすると、そのまま行ってしまった。
シモンの別邸で、パーティーから抜け出してキスをした。
その時のことが頭をよぎる。
これ以上ノアの近くにいたら、本当にどうにかなってしまいそう。
その夏の経験を生かして、この小さな緑の館でも、初めてのパーティーをしようという計画が上がっている。
エミリーが言った。
「ま、セリーヌという監視役がいることだし? あそこまで好き勝手は出来ないでしょうけどね」
「それは無理よ。楽しかったけど」
「また来年までお預けね」
「ね、ポールとはどうなってるの?」
「そんなこと、アデルになんて教えないわよ」
「なんで? 別にいいじゃない」
「……。すっごい長くなりそうなんだけど、ホントに聞いていただけますの? 覚悟はよろしくて?」
「もちろんですわ」
「ならよろしい」
コホンと咳払いしたエミリーに、私はツンと返事を返す。
二人で顔を見合わせると、同時に笑いだした。
やがて庭の木々も色づき始める。
外を吹く風がすっかり涼しくなり始めた。
「アデル、大ニュースだ!」
その日、ノアはエドガーと共に館の庭へ飛び込んで来た。
「ずっと任されていた治水工事が、ようやく始まるんだ!」
馬から飛び降りるなり、開け放していた庭から部屋に入ってくる。
「アリフ地方の川で、それほど大きくはない川なんだけど、いつも氾濫してて、そこの河川工事が……」
ノアが一生懸命話しているのを、私はにこにこと聞いている。
「そう。よかったわね。ノアにとっては、初めての大きな仕事になるのね」
「これから雨の少なくなる季節だから、水量も落ちる。その間に、基礎工事の下見と、実際の工事計画を見直すんだ」
ノアは、私の手をぎゅっと握りしめた。
「現場を見に行ってくる。ついでに周辺の村や町の様子も見たい。これから日程を詰めるんだけど……。しばらく、王宮を離れることになる」
「そっか。気をつけていってらっしゃい」
「……。工事の下見が、どれくらいかかるか分からないんだ。アリフに行く途中で、道中の町や施設にも立ち寄ることになるかもしれない。せっかくだからね」
「素敵。色んな所を視察してくるのね。ぜひ実りの多いものにしてきて」
「……。一週間や10日どころの話しじゃないよ。最低でも一ヶ月はかかるかもしれない。行くだけで2日3日かかるところだから……」
「アリフの名産って、何かしら。ここよりもだいぶ北よりの地域よね。これからの季節だと冬になるし、日持ちするものじゃないとダメってことね。だったら何か他の……」
「アデル!」
突然、ノアは怒りだした。
「アデルは、僕がいなくなって寂しくないの?」
「だって、お仕事なのでしょう? 寂しいって言ったって……」
「離れたくないって言った、約束を破ろうとしてるんだよ、僕は!」
それはそうかもしれないけど、さすがに今回は事情が違う。
返す言葉が見つからない私に、ノアはガックリと首をうなだれた。
「嫌がるか、一緒に行くってごねるかと思った」
ノアはムッとすねたような顔をすると、くるりと背を向けた。
入って来た庭から出て行こうとするのを、ピタリと立ち止まる。
振り返ったノアと目が合った。
「ここで追いかけてくるの!」
あぁ、もう。面倒くさい!