「ね、エミリー。私にも踊れるかしら」


「もちろんよアデル。ここでちょっと練習しましょ」


 辺りはすっかり夜が増していた。


立ち上る炎から少し離れたところで、私たちは向かい合いスカートの裾を持ち上げる。


「ね、これで合ってる?」


「えぇ、とっても素敵よ。アデル」


 見よう見まねで、拙いステップを踏む。


少し酔っているせいか、足がフラフラとしておぼつかないのに、それがおかしくて仕方がない。


「あはは。また間違えちゃったわ。転んでしまいそう!」


「私もよ、アデル。本当に転んだら笑ってね」


 エミリーと腕を組む。


反対の腕を高く掲げ、音楽に合わせてめちゃくちゃに飛び跳ねる。


「あはは。とっても素敵な夏祭りね」


「ね、後でまたリンゴ酒のおかわりをしに行きましょ」


 目が回る。


私たちはバタンと同時に倒れてその場に尻もちをつくと、大きな声で笑いあった。


「やだ、お尻痛い!」


「エミリー大丈夫?」


 ただそれだけのことなのに、おかしくておかしくて仕方がない。


こんなに笑ったことなんてない。


笑いすぎてお腹が痛い。


 ふと私たちの上に、黒い影が落ちた。


見上げると、見知らぬ村男二人が立っている。


「君たち、どこから来たの?」


「さっきからずっとここで練習してるでしょ。かわいいね」


「中に入りたいんだったら、俺たちと一緒に行かない?」


 歳は同じくらい。


日に焼けた顔に、白い歯を見せてにこっと微笑んだ。


「今夜は祭りの夜だしさ」


「まぁ、今日だけはこういうのもアリってことで」


 手が差し伸べられる。


私には、それをどうしていいのか分からない。


なのに気持ちは、その指先に引き寄せられている。


伸ばされた彼の手が、私の手に触れた。


「俺たちと一緒に踊ろ」


「アデル!」


 私の両肩を、誰かがグッと背中から引き戻す。


短く真っ直ぐなミルクティー色の髪が揺れた。


「ゴメン。待たせたね」


 ノア? なんでこんなところに?


「遅くなった。探したんだ」


 その後ろには、ポールも立っている。


私たちに声をかけてくれた男の子たちは、すぐにどこかへ行ってしまった。


「アデル? どうしたの?」


 ぼんやりとしている私を、ノアがのぞき込む。


夢を見ているみたいだ。


「ノア? 本当に?」


 彼の頬に触れる。


私の触れたそれは、ほんのりと赤みを帯びた。


「本当だよ。ちょっと移動しよう」


 肩に手を添えたまま、私を立ち上がらせた。


ノアは質素な白シャツとサスペンダー、茶色いパンツ姿で、さっきの村男たちと変わらない。


「驚いたのかい? ビックリしたよね。歩ける?」


「えぇ、全然大丈夫よ」


 耳元でささやくノアの顔が、私がそう答えた途端、ムッとしかめ面になった。


「アデル、お酒飲んだの?」


「エミリーは?」


「エミリーは、ポールが相手してるよ」


 ノアに連れ添われたまま、後ろを振り返る。


エミリーとポールは口げんかをしているようだった。


「ねぇ、助けにいかなくちゃ」


「あっちは彼らに任せておきなよ」


「どうして?」


「いいからさ」


 ノアに手を引かれ、お祭り会場から離れた。


夜の草原の小道を歩き、すぐ側に見つけた牧場の柵に腰掛ける。


その手が頬にかかる髪をかき上げた。


「ね、エドガーはどうしたの?」


「なんでエドガーの話し?」


「だって。じゃあなんでポールと?」


 空には一杯に無数の星が広がり、遠くに祭りのかがり火が見える。


真っ黒い牧草は、海のように風に揺らめいた。


ノアの指先が頬を滑る。


そこへ顔が近づいてくる。


「違うのよ、ノア。なんであなたがここに居るのかってこと!」


 その顔を押しのける。


「アデル、酔ってるでしょ」


「私の話、聞いてる?」


「君がエミリーの別荘に行くと聞いたからさ」


 ノアは私の手を掴むと、それを自分の口元にすり寄せ、キスをした。


目を閉じ、頬にすりつける。


「エミリーから聞いたの?」


「そうだよ」


 ノアは唇で私の指を噛む。


目を閉じたまま、ずっと自分の口元に私の手を添えている。


ノアが話すたびに、その唇が触れる。


「もしかして、怒ったの?」


「……。裏切りだわ」


「どうしてさ。僕が会いたいからって、頼んだんだ」


 振り払おうとしたその手を、彼はぎゅっと握りしめた。


ゆっくりと額を合わせてくる。


舞踏会でもないのに、ノアとの距離が近い。


「ね、約束して。もう僕がいないところで、お酒は飲まないで」


「そんなの、約束できない」


「仕方ないな。じゃあずっと見張ってなきゃいけないじゃないか」


「ね、会場に戻りましょ。エミリーを探さなきゃ」


「もう行くの?」


「行くの!」


 立ち上がろうとした私を、ノアは引き寄せる。


繋いだままの両手で、もう一度抱き寄せた。


それでも無理矢理立ち上がったら、彼も仕方なく動いた。


「ん……」


 ふらつく私を抱き留める。


「急に立ち上がったりするからだよ」


「そ、そんなこと言ったって……」


 ノアの体にもたれかかる。


「ふふ。全く。困ったアデルだな」


 そう言うノアが、嬉しそうに見えるのはどうして? 


手を引かれ歩く私が、小石につまづくのを彼は振り返った。


「ね、僕も君が飲んだお酒飲みたい。どこで飲んだの?」


 エミリーはすぐに見つかった。


広場前の土手に、ポールと座っているところを合流する。


エミリーのリンゴ酒を飲もうというノアの提案に、ポールだけが渋っていたけど、結局4人でその屋台前に立った。