「君に会えない間、僕がどれだけ寂しい思いをしているか、どうしたら分かってもらえる? 僕はいつだって君に会いたいと思っているのに。アデルはそうじゃないの?」


ノアはまた手にキスをする。


「まぁ、こんなところで……。恥ずかしいわ、ノア」


 あの方のお顔も見たことがある。


あの方も、あの方もだ。


みんな著名な方ばかり。


どうにかしてノアから離れ、ご挨拶したいのに、ノアは絶対にそれを許そうとはしない。


「ね、ノア」


「ん? どうした?」


「ちょっとだけ離れちゃダメ? 他の人とも、お話しがしたいの」


「今日は……、ずっと側にいて。君だけしか見えない。離したくないんだ」


 会場に華やかなため息が漏れる。


振り返ると、ステファーヌさまがいらしたようだった。


「おや。ノアはさっそくアデルを独り占めにしているのかい? いけない子だね」


 肩までの真っ直ぐな髪が、サラリと流れる。


白金の髪と眩しいほど鮮やかな青い目は、第一王子の名にふさわしい優雅さだ。


「今日の一番のダンスを、アデルにお願いしようと思っていたのに。これではお誘いしにくいじゃないか」


 ノアの目の前で、私にその手を差し出す。


「私の誕生日なんだ。アデルを借りても、今日くらいは許してくれるだろう?」


 ノアはムッとした表情を隠せてない。


ステファーヌさまと、その周囲を取り囲む人々がクスクスと微笑む。


「あぁ、やっぱりノアは難しいなぁ」


「ステファーヌさま。本日はお招きありがとうございます。大変な光栄ですわ」


 そんな申し出をお断りする方が、失礼でしょ。


手を重ねたとたん、音楽が始まる。


「ふふ。こんなことをして、後で怒られるのは私ですね」


 ステファーヌさまはとても洗練されたステップで、優しくもしっかりとしたリードをされる方だ。


軽やかな音楽に、軽快なステップは続く。


「ここへ来るのは、怖くなかったの?」


「そ、そんなことは……。だって、お誕生日会ですもの」


「ふふ。そうだね。君はそういう人だった」


 ステファーヌさまが頬を寄せてくる。


そこに軽くキスをされ、顔は真っ赤になる。


その耳元で王子はささやいた。


「見てごらん。ノアはもうヤキモチをやいてる」


 そのノアの周りを、女性たちが取り囲んでいた。


その姿に、なぜか胸がチクリと痛む。


「アデルはこの会場を見て、どう思った?」


「と、とても素敵で……。私なんかが、ステファーヌさまの最初の相手でよかったのでしょうか」


「むしろ君じゃないと、後が面倒くさいからね。助かるよ」


 音楽が終わると、フィルマンさまが待ち構えていた。


「今日は一番を兄さんに譲ったけど、二番は俺がいただくよ」


 そのまま交代。


次の曲では、フィルマンさまの手の内でくるくるとあしらわれる。


「君は大人気だね。ここにいる全ての女性たちの、憧れの的だ。思う存分、好きなように振る舞うといい」


 そんなことを言われても、素直に「はい。そうします」なんて、言えるわけがない。


ノアの周りには次々と女性たちが集まり、それぞれに挨拶を交わしている。


あれ? リディさまとコリンヌさまも?


「アデル、どこを見ている? この俺と踊っているのに」


 グイと引き寄せられ、額にキスされる。


「お、おやめください。恥ずかしいです」


「はは。君を独り占め出来るのがノアだけだなんて、そんな不公平なことはあるかい?」


「ですが、私は……」


「そんなことはね、俺と兄さんが許さないよ」


 フィルマンさまの手が腰に回る。


ノアと一瞬目が合ったのに、ぐるりと方向転換された。


「ほら。もう君を待つ行列が出来ている」


 次の方と交代する。


初めてお会いする方だ。


自由奔放なお兄さまたちとは違って、さすがに丁寧にダンスをしてくれるし、礼もつくしてくれる。


「初めまして。お会い出来て光栄です」


「どうかお見知りおきを」


 次々と絶えることのないダンスのお誘い。


王宮の舞踏会だと、みんな私に遠慮して、誰も声をかけてこないのに……。


初めてお会いする方々と交わす、他愛のないお話し。


楽しい。


賑やかな会場に、つい視線が泳いでしまう。


あの詩人の方は、ダンスはなさらないのかしら。


他の方とおしゃべりしているみたい。


どうにかしてこちらから、話しかけることは出来ないかな……。


数多くの方々と踊り終えた後でも、おしゃべりは続く。


「まぁ、それではあの絵は、あなたがお描きになったのですか」


「えぇ、そうですよ」


「素晴らしいわ。王宮の中でも、よく話題に上がりますの。ぜひ一度アカデミーへいらしてください。すぐに招待状を送らせますわ」


「ありがとうございます」


 いつの間にか、私の周りにも人垣が出来ていた。


「今度の舞台公演には、ぜひノアさまとお越しください」


「えぇ、喜んで。楽しみにしております」


「アデルさま。ぜひ私とも1曲いかがです?」


 ダンスの相手は次々と現れる。


その誰も彼もが、断りたくても断れない有力貴族の男性だ。


「えぇ、よろこんで」


 流れる音楽に合わせて、その腕に身を任せる。


この方は、ステファーヌさまと大変仲の良い腹心とも言えるお方だ。


確かお名前は、ジョセフさま?