次に目を開けると、私は兵士たちに地下牢から引きずり出すように連行され、入浴と着替えを促された。
「追放前に、せいぜい身体だけでも清めておけ」
 これまでほとんど関わりのなかった兵士にまで馬鹿にされ、私は怒りを通り越して無感情だった。心の汚れは入浴することで落ちないことなど、私がいちばんわかっている。そんなもので落とすことができるなら、アンジェリカは私を陥れたりしなかったろうから。
 入浴を終えると、青色のワンピースが置かれていた。家族が送ってきたのだろうか。これは私の私服の中でもいちばん地味なもので、敢えてこのワンピースを選んだのだろうと推測する。今後は地味に慎ましく生きていけと、そう言われているような感覚。
 ……これまでも、できるだけそうして生きてきたつもりなんだけどね。
 ふぅと小さなため息を吐いてワンピースに袖を通す。ドレスよりずっと動きやすい。
 着替えが終わると、小さな二人乗り用の馬車が用意されていた。オスカー様や両親は一度も私の前に現れないまま、私はひとり〝終末の村〟へ送られることになる――と、思っていたら。
「……アンジェリカ?」
 馬車にはなぜかアンジェリカの姿があった。足を組んで、偉そうにふんぞり返っている。
「私がお姉様の見届け人になることを申し出たの」
「……見届け人? あなたが?」
「ええ。お父様とお母様がお姉様を勘当したとしても……血を分け合った双子ですもの。最後にもう一度、お姉様に会いたいと思って」
 会いたいのではなく、いよいよ追放されてしまう私の絶望した顔を見にきただけでは? と心の中で思う。
 私とアンジェリカが向い合せに座ると、馬車は静かに走り始めた。次第にスピードは速まって、あっという間に王宮は見えなくなる。
「そうだ! お姉様に言っておかなくてはならないことがあるの」
 胸の前で両手を合わせ、アンジェリカは弾んだ声で言う。
「あの後すぐオスカー様に告白されて……私がオスカー様の婚約者になることが決まったの。……なんだかごめんなさいね? お姉様の好きだった人を、奪う形になってしまって」
 最初から奪うことが目的だったくせによく言うものだ。きっと私が婚約者に選ばれたときから、妹はこの瞬間を待ちわびていたに違いない。
「でも、元々オスカー様はお姉様ではなく、私に気があったみたい。だけど、国王様に言われたんだって。〝双子の聖女は姉のほうが力を持って生まれることが多いから、ふたりとも聖女になったら姉のほうと婚約しろ〟……って。だからお姉様が選ばれたの。でも結局、聖女の力も全然だったし……期待外れだったって言ってたわ」
 ……そうか。オスカー様は国王様の指示で私を選んだだけ。ちょっとでも、私自身をいいと思ってくれたのでは? と思った馬鹿な自分が情けない。私は黙ったまま、膝に置いた手をぎゅっと強く握った。アンジェリカはもっと私が悔しがり悲しむと思っていたのか、顔色ひとつ変えない私を見てつまらなそうな顔を浮かべている。
「……あ! ねぇお姉様。どうせなら最後に教えてくれない? どうしてあのとき、魔物を捕まえられたの?」
「……え?」
「王都の森の結界を私が張り直しに行ったときのことよ。私、たしかに見たの。お姉様が腕に魔物を抱いていたこと。すぐに森に返していたけど……」
「……そんなことあったかしら? あったとしても、私が魔物を抱けるわけないでしょう。襲われていたんじゃなくて?」
「そんなふうには見えなかったわ。それに、私はあの光景を見て、お姉様を危険人物に仕立て――いいえ。危険人物だと思ったのよ」
 いまさら誤魔化さなくたっていいのに。妹が私を陥れたことを、嵌められた私自身がわからないはずがないのだから。
「……私は覚えていないから、教えられないわ」
 淡々と外を眺めて言うと、アンジェリカはふんっと鼻で笑う。
「へぇ。まぁ、今となってはもうどうでもいいわ。お姉様に会うこともないだろうから」
 なにかした覚えはないのに、いつの間にこんなに嫌われていたのやら。やはり私が一瞬でもアンジェリカより目立ったから? それ以外、ここまでひどい仕打ちを受ける理由がないが、そんな理由でこんなことまでできる彼女が恐ろしい。
「……着いたみたいね」
 馬車が動きを止める。終末の村のすぐ手前に到着したようだ。
 御者に私だけ降りるように言われ、私はのそのそと立ち上がると馬車の扉を開けた。その瞬間、生ぬるい風が私の顔をめがけて吹きつける。
「……っ!」
 突然、背後から背中を押されて前のめりに倒れ込む。振り返ると、アンジェリカが満面の笑みを浮かべていた。
「元気でね。アナスタシア」
 そう言うと扉は閉められ、馬車は来た道を戻っていく。
 ひとり残された私を取り囲むのは、王都とは違う淀んだ空気。まだお昼だというのに、辺りは薄暗く感じる。それは、この淀んだ空気がそう錯覚させているのだろうか。
 完全に馬車が見えなくなったところで、私は芝の上に思い切り寝転んだ。