「……安心しろ。俺はそんな大層なやつじゃない。大体、そんなやつがこんな場所にいないだろ」
「たしかに、言われてみれば」
「俺は田舎の下級騎士。騎士の仕事で、終末の村の魔物駆除依頼を受けて、ひとりでここへ来たばかりだ。俺みたいな下級の者は、こういった誰も受けない仕事に回される」
「へぇ……騎士の世界もいろいろあるのね。どうすれば田舎に戻れるの?」
「――この村にいる魔物をすべて退治するまで帰るなと言われている」
「えぇ⁉」
 そんなのひとりじゃあ無理に決まってるし、大体――。
「困るわ! そんな任務、断固拒否!」
「それはお前の私情だろ。実際ここにいる多くの人間が、魔物によって被害を受けていると聞いた」
「……そうなの? クロマル」
 クロマルは気まずそうに目を伏せて言う。
【否定はできない。でも、人間だって魔物に襲い掛かってくるから仕方ないんだ】
 互いに恐怖を感じ、襲ってくるから襲い返す――または、襲われる前に襲う。この国の魔物と人間の間にはずっと、そんな悪循環が起きているのかもしれない。聖女の結界がない、この村では特に。
「だったら、私がこの村を住みやすく変えてみせるわ。魔物も人間も、どちらの味方にもつける私だからこそ、それができる可能性を秘めていると思うの」
「……正気か? 大体、なぜお前がそこまでする」
「だって、私は今日からここに住むのよ? この先ずっと。それなら住みやすいほうがいいに決まってるじゃない」
「ああ……お前、追放者か」
 ここにいるのだから、それ以外ありえないだろう。帰る場所があるのは、ユーインみたいに任務で来た騎士くらいなものだ。
「ええ。追放ほやほやってところ」
「自慢げに言うな。……追放者はもっと絶望してるイメージがあったが、お前はずいぶんと絶望からはかけ離れているな」
 当たり前だ。なんなら今の私は希望に満ち溢れていると言ってもいい。危うくその希望が、ユーインによって潰されるところだったけど。あの剣で斬られていたら、死んでも死にきれなかっただろう。
「絶望なんてしないわ。心強い護衛も見つかったし」
 そう言ってクロマルの頭を撫でる。もふもふが気持ちよくて、ずっと触っていたくなる。
「護衛? そいつが?」
「そうよ。私新入りだから、なにされるかわからないじゃない。だからこの子に護衛を頼んだの」
「……そいつだけじゃあ頼りない。人間の護衛も、プラスでつけたらどうだ?」
「……それって」
 まさか、自分を護衛にしろと? 
 私の予想はどうやら当たったようで、ユーインは不敵な笑みを浮かべて言う。
「助けてくれたお礼に、お前について行って護衛をしてやろう」
「待って! 任務はどうするつもり? 私といる限り、魔物に手出しはさせないわ」
「わかってる。だからしばらく待ってやることにした。お前がここを人間も魔物も住みやすい村にできたなら、俺は任務を諦めてここを出て行く。だができなければ、容赦なく片っ端から魔物を殺す。……もちろん、そいつもな」
【……!】
 ギロリと睨まれて、クロマルの身体が大きく震えた。声も出ないほど、ユーインの睨みは怖いらしい。クロマルにとっては最早トラウマものだろう。
「それまではお前の護衛についてやるし、生活の手助けもしてやる。どうだ?」
 ――正直、悪い話ではない。私が有言実行さえできれば、デメリットなんてひとつもない。……ただ、逆を言うと私がきちんと村を変えられなければ……最悪の結末が待っている。
 それにユーインの提案をここで突っぱねたら、ユーインが任務遂行のためひとりで魔物狩りを実行するかもしれない。
【アナ……僕、死にたくない……】
「……クロマル」
 クロマルは怯えながら、私の足に身体をすり寄せてきた。狼とは思えないほどうるうるで丸くなった瞳を見て、私は絶対クロマルを守り抜くと心に誓う。
「大丈夫。絶対私がなんとかするわ」
 私はユーインに護衛を頼むことに決めた。
「……腹はくくったようだな」
「ええ。……これからよろしくね。ユーイン」
「こちらこそ――アナスタシア」
 差し出されたユーインの右手を見つめる。これは、ついさっきまで私を殺そうとした手。しかし味方になると――きっとたくましいに違いない。そう信じて、私はユーインと握手を交わした。触れた手のひらは、思ったよりずっと冷たかった。