「そんなことがなぜお前にわか――ん? 待てよ」
 言いかけて、男はなにかに気づいたようだ。
「どうしてお前は魔物に襲われない。この辺の魔物は人間を見ると遅いかかるやつばかりなのに……それどころか……」
 クロマルを庇うように抱きかかえる私を見て、男は思い切り眉をひそめる。
「平気で魔物に触れる女なんて初めて見るが……どうなっているんだ? まさか、お前も人型の魔物……⁉」
「違いますから! その剣を今すぐ下げて! 私はただの聖女兼魔物使いなだけです!」
【……〝ただの〟っていうのは、語弊があると思うなぁ】
 クロマル、細かいことを気にしないでいいの。
「聖女兼、魔物使い?」
 私の能力が気になったのか、男は振りかざした剣をすっと下げる。よかった。命拾いした。というか、どうしてこの人は魔物のことになるとこんなにも血の気が多くなるのかしら。この村で、散々魔物にひどい目に遭ってきたのだろうか。
「じゃあ俺の高熱は、聖女の治癒魔法で?」
 私は無言でこくりと頷く。
「……それは理解できるが、魔物使いっていうのは作り話でしか聞いたことがない。……遠い昔、そういう存在もいたと聞くが、あまりにも真実味のない話だ」
「でしょうね。私もそう思っていたし、公言する気もなかったわ。だからずっと隠していたの」
「隠し続けていたことを、なぜ初対面の俺に簡単に教えたんだ」
「そんなの、もう隠す気もなければ理由もないからよ」
「……はあ?」
 あっけらかんと答える私に、男はまるで意味がわからないというような反応を見せる。
「これでわかったでしょう? 私が魔物と仲良しな理由。あなたはわからないかもしれないけど、魔物は悪い存在じゃあないわ。少なくとも私にとっては味方同然。この子……クロマルだって、この場所を見つけてあなたを助けることに協力してくれた。自分を殺そうとした人を助けるなんて、悪い魔物がすると思う?」
【そうだそうだ!】
 ガウガウッ! とクロマルが吠える。
「まぁ……それはそうだな。だがお前にとっては味方でも、俺にとって魔物は忌むべき存在。そんな魔物を扱える〝魔物使い〟のお前は……」
 なにを言われるのか、私は生唾をごくりと飲み込む。
「とても興味を引く存在だ」
「……え?」
 てっきり〝魔物よりも忌むべき存在〟とか〝魔王同然〟とか言われると思っていた。それが〝興味を引く存在〟だなんて。
「名前はなんていうんだ?」
「あ、えっと……アナスタシア。あなたは?」
「俺の名前はユーイン。好きに呼べ。変なあだ名をつけたりはするなよ」
 好きに呼べと言っておいてあだ名の注意喚起……ユーインって、結構変わり者?
「ユーイン、あなたはいつからここに? それに見たところ……」
 私はじーっと、ユーインのことを上から下まで見つめる。初めて会った時は気づかなかったが、まじまじと見るととても整った顔立ちをしているではないか。オスカー様と同等――いや、オスカー様よりもかっこいい。背も高く、手足は長く細い。そして身に着けている黒の軍服は生地も立派で、ところどころに入っている銀色の刺繍が高級さを際立てている。
「あなた、上流階級の人?」
「……ものすごく嫌そうな顔をしてるな」
「だって好きじゃないんだもの。王家の人間なんて特に」
 アンジェリカにあっさり騙されたオスカー様はもちろん、オスカー様の言うことを聞いて私への処分を許可した国王陛下も、その周りの人たちもみんな嫌いだ。王都を守っていたのが誰かも知らず、私を危険人物をみなした人たちが。