夕陽を映すあなたの瞳【書籍化】

 「おはようございまーす!」

 心が元気良くオフィスに入って行くと、机に向かっていた桑田が顔を上げた。

 「お!おはよう久住。どうだった?昨日の同窓会は。楽しめたか?」
 「はい!お陰様で。佐伯さんがシフト代わってくれたので、魚臭くなかったし。あれ?佐伯さんは?」

 ひと言佐伯にもお礼を伝えたかった。

 「あいつ、ショープールにいるよ」
 「え、ショープール?それって…」

 もしかして、ジャンプの練習だろうか。

 少し心配そうな顔をする心に、桑田は頷いた。

 「まあ、少しずつな。焦らずにやってくれればいいな」
 「はい」

 心はオフィスを出るとショープールへ向かった。

 案の定、佐伯とルークの姿が見える。
 佐伯はルークに何かを話しかけ、体をなでていた。

 「佐伯さん」

 心が声をかけると、こちらを振り返る。

 「おお、久住。おはよう」
 「おはようございます。佐伯さん、昨日はシフト代わっていただいてありがとうございました」
 「どういたしまして。楽しめたか?同窓会」
 「はい、楽しかったです」

 そしてひと呼吸おいてから、心は小さく聞いてみた。

 「佐伯さん、練習…ですか?」
 「ん?ああ、まあな。少しずつ簡単なものから。リハビリだな」

 心は頷いた。

 すると、ふと佐伯が思いついたように心を見上げる。

 「久住、ちょっとつき合ってくれないか?」
 「え?いいですけど…」

 佐伯と一緒に、心はショープールに入る。

 ルークのひれに掴まって泳いだり、ルークの背中にサーフィンのように乗ったり…。

 いくつかのパフォーマンスを確認したあと、佐伯は心にロケットジャンプをやってくれと頼んだ。

 「私、だいぶ下手ですよ」
 「知ってる」

 きっぱり言われ、あははと心は乾いた声で笑ってから、ルークの前に立った。

 右手を前に出し、じっとアイコンタクトを取る。

 やがて小さく頷くと、ロケットジャンプの合図を出してからプールに飛び込んだ。

 ルークもすぐについてくる。

 グッとプールに深く潜ってから両足を揃えると、ルークが口先を当てて押してくれる。

 助走がつくと、心は斜め上に上半身を向けた。

 そのままルークに身体を預け、しっかり体幹を意識しながら体勢を保ち、心は一気に宙へと飛び出した。

 身体がふわっと浮き上がる感覚を感じてから、両腕を前で揃え、重心を前にしてプールに飛び込む。

 バシャン!と水しぶきが上がり、しばらく潜ったあと、心は水面に向かって足を蹴り、顔を出した。

 ホイッスルを吹いて、ルークの体をなでる。

 プールサイドに上がり、ルークに魚をあげると、佐伯が拍手した。

 「久住、結構上手かったぞ、今の」
 「ほんとですか?」

 思いがけず褒められ、心は笑顔になる。

 「ああ。いい感じに身体の力が抜けて力みがなかった。あとは、そうだな。飛び込むタイミングを、もう0.5秒くらい待ってからにしてみたら、もっと飛距離が出るぞ」
 「はい、やってみます。ありがとうございます」
 「あ、でも、怖いって感じたら無理するな。お前のタイミングで構わないからな」

 心は真剣な顔で頷いた。

 「よし、じゃあルーク。次は俺にもつき合ってくれ。いいか、軽くだぞ?」

 佐伯はルークをじっと見つめてから、プールに飛び込む。

 ルークも身を翻して潜った。

 佐伯にしては浅い位置で上昇を始め、ルークと佐伯は軽々と宙に舞う。

 空中姿勢でも余裕を見せ、佐伯はふわっと前方に身を投げてプールに飛び込んだ。

 「ナイスジャンプ!」

 心が拍手する。

 飛距離や高さは、いつもの佐伯の半分位だったが、何よりこの技をまた披露してくれたことが、心は嬉しくてたまらなかった。

 (良かった。佐伯さん、恐怖心がなくなってきたみたい。このまま少しずつ、感覚を取り戻せたらいいな)

 戻ってきた佐伯とルークに、心はもう一度大きな拍手を送った。