「先を急いでいる。失礼」

「あっ、おまち……」

 シリウスは振り返りもせず立ち去った。
 
 こんな屈辱は生まれて初めてだった。

 ふつふつと怒りが込み上げる。同時にある考えが浮かんだ。

(シリウス。絶対あんたのこと落としてやる。クールイケメンの溺愛、見てやろうじゃないの)

 立ち上がり、パンパンとドレスについた汚れを払い落とす。
 
 急いであとを追いかけると、シリウスは、何故かアデルと話をしていた。
 
 物陰に隠れて近づき、こっそり様子をうかがう。

 
「二人きりで話がしたい。少し時間をもらえないだろうか」

 そう懇願するシリウスは、驚くほど必死な顔をしていた。
 
 先程とは違い、目には熱がこもり、言葉を尽くして言い寄っている。シリウスがアデルに想いを寄せているのは一目瞭然だった。

 負けた、と思った。

(負けた? このあたしが、あんな平民女に負けたの? ありえない)

 アデルの容姿はたしかに……まぁ、悪くない。けど所詮、異能もない平民の娘。

 能力、家柄、地位、全てにおいてあたしの方が上よ。

 負けるなんてありえない。
 
 ……そう、ありえないのに。

 強烈な劣等感と悔しさが込み上げる。激情に駆られるまま、あたしはメイナードの私室に押し入った。