「ありがとう、アデル。君のおかげで、自分を取り戻せた気がする。大切な人を失ったばかりで、俺はどうやら自棄になっていたようだ」
 
「お役に立てて光栄です」

 にっこり笑って言うと、シリウスは目を細め「君は不思議なひとだ」と呟いた。

「不思議? 私がですか?」

「ああ。共にいると、不思議と心穏やかになる」

「もしかすると、私の体から安らぎ成分が出ているのかもしれませんね」

 茶化すように言うと、シリウスが「そうかもしれないな」と、かすかな笑みを浮かべて答えた。

 ふいに、手を繋いだままだったことに気付いて、私は慌ててパッと離した。途端、消えた温もりに寂しさを感じてしまう。

 それはシリウスも同じだったのか。彼は空になった手を見下ろして、少し残念そうな、それでいて若干ほっとしたような、複雑な表情を浮かべていた。

「で、では、私はこれで失礼致します。送って下さり、ありがとうございました」
 
 頭を下げ、宿泊離宮の中へ入る。
 扉が閉まる直前まで、殿下は見守るようにこちらを眺め、佇んでいた。