「人の価値は、生まれ持った爵位や異能だけで決められるものじゃない。武術や芸術、勉学、研究、心根の美しさ。努力し続けることだって、十分すばらしい才能だ。俺はそういう、色んな可能性が花開く国を作りたい」

 彼はふいに表情を曇らせ、諦めにも似た笑みを浮かべた。

「――と、語るのはたやすい。兄上や家臣にも散々『夢物語』だと馬鹿にされた」

「……夢を見るのは、いけないことなのでしょうか」

 殿下はぴたりと足を止める。続きを促すように、無言でじっと私を見つめていた。
 
「今よりもっと良い未来を思い描いて頑張るのは、素晴しいことだと思います。だって――」

 私は繋いだ手を握り返して、力強く告げた。

「王様でさえ夢や希望を抱けない国で、どうして民が幸せになれましょうか」

 シリウスが、はっとした顔で私を見つめる。
 触れ合った手の平から、彼の熱が、強い感情が、伝わってくる気がした。

「殿下の夢はとても素敵です。私は、あなたが生きて切り開く未来を、見てみたい」

「……生きて、切り開く未来」

 目をつぶり、自分に言い聞かせるように呟くシリウス。
 
 数秒の沈黙のあと、まぶたを持ち上げあらわになった青い瞳は、夜空に浮かぶ一等星よりも力強くきらめいていた。もう、死の陰りは見えない。

 シリウスは「そうか。そうだな」と呟き、口元に緩やかな笑みを浮かべた。実に晴れやかな表情だった。