さよならも告げず、シリィはある日突然、孤児院から姿を消した。

「こんにちは! あの? シリィはどこに――」
 
 いつもどおりシリィを探すが、どこにも居ない。

 シスターたちは『シリィに関しては何も言えない』と口を閉ざす。彼女達は何も知らされておらず、また詮索しないよう圧力をかけられているのだという。
 
 嫌な予感がしてシスター・クラーラに尋ねると、彼女は静かな声でこう言った。
 
 
「シリィは、引き取られました。もう忘れなさい」――と。

 
 忘れることなんて出来なかった私は、しつこく何度もシリィの行方を尋ねたけれど、結局、再会することは叶わなかった。

 忘れなさい、諦めなさい、という周りの大人達の言葉が、私の心を押しつぶす。

 しばらくして、ダニエルとの政略結婚が決まった。
 
 シリィへの想いを抱えたまま他の人と結婚するなんて……私の心が耐えきれなかった。

(シリィとは、もう会えない。どんなに探しても、見つからない。覚えていても悲しいだけ……忘れなきゃ。大丈夫、忘れられるわ。だって私、諦めるのは得意だもの)

 ベッドの上でシーツに包まって、何日も泣きながら『忘れろ』と自分に言い聞かせ、暗示をかけた。
 
 シリィのことが大好きだった。
 だからこそ、喪失感はあまりにも大きく。
 
 悲しみのあまり、私は大切な男の子の記憶を手放した――。