[朝蔵 大空]
 「私、トイレ行って来るね!」


[卯月 神]
 「はーい」



 私は近くのトイレで事を済ましに行く。



[朝蔵 大空]
 「ふぅ……」



 私が御手洗を(あと)にして通路まで出て来た時だった。


 そこで、私の見知った人の姿が見えたんだ。



[朝蔵 大空]
 「……?」



 あれ?あの人……。



[サングラスの男]
 「……!……あ!大空ちゃんだ〜」



 サングラスをかけた白髪(はくはつ)のカッコ良さげな男の子が私の名前を呼んで、こちらに駆け寄って来る。



[朝蔵 大空]
 「うっ、うぇっ……!?」



 誰だと思ったら、私は声で気が付いた。


 この人、嫉束界魔君だ。


 何故こんな所に?



[嫉束 界魔]
 「やほ、偶然だね?」



 そう言って彼はサングラスを外してその綺麗な金色の瞳で私を見る。


 やっぱり、嫉束君だ……。


 私服の嫉束君!レア!!



[朝蔵 大空]
 「ほんと偶然!嫉束君は……友達と?」



 見た感じ、近くに嫉束君の知り合いっぽい人は居なさそうだけど……。


 まさかこんな所にひとりで来てる訳じゃないよね?



[嫉束 界魔]
 「んーまあそんなところかなっ」



 彼はしばらく考えてからそう答えた。


 なんだ嫉束君友達いるんじゃん!


 もしかして、笹妬君と来てるのかな?



[朝蔵 大空]
 「そうなんだ……あっ」



 いけない、いけない、向こうで卯月君を待たせてるんだった!


 嫉束君と会ったばかりですぐ退散は少々失礼な気がするけど。



[朝蔵 大空]
 「わ、私もう行くね。じゃあね」



 早く戻らないと『大』だと思われちゃう!


 そんなの私は!乙女的には嫌すぎる!



[嫉束 界魔]
 「あ!ちょっと」



 私が歩き出そうとすると、嫉束君が私の腕を掴んで来た。


 そこで私の足が止まる。



[朝蔵 大空]
 「……何?」



 私はなんだと思って後ろを振り向いて嫉束君の方を見る。


 早く戻りたいんだけど……。



[嫉束 界魔]
 「僕にも、もう少しだけ……」



 嫉束君が真剣な眼差しで言うものだから、私はつい体を嫉束君の方に向き直してしまった。



[朝蔵 大空]
 「え?」



 『僕にも』……?


 それってどう言う……。



[嫉束 界魔]
 「おいでっ」



 嫉束君が私の腕から手を離し、次に私の握り、そのまま私を引き連れて行く。



[朝蔵 大空]
 「わっ……!」



 戸惑う私にはお構い無しに、嫉束君はどんどんと通路を突き進んで行く。


 私も嫉束君に手を握られてしまっているので、拒む事も出来ずに着いて行く事しか出来ないでいる。



[朝蔵 大空]
 「ちょ、ちょっと!私、人を待たせてて……」



 行く途中で私がそう必死に訴えかけても、彼は聞く耳を持ってはくれなかった。


 嫉束君、どうして私の話を聞いてくれないの?



[嫉束 界魔]
 「ごめんね」



 そんな風に謝られても……。



[朝蔵 大空]
 「えっと……」



 たどり着いた先は……。


 哺乳類コーナー?


 色んな種類の剥製?食品サンプル?違うか。


 迫力あるなぁ……。



[アナウンス]
 『まもなくイルカショーが始まります!』



 どこからか放送が聞こえてくる。


 へぇ、イルカショーなんてものもあるんだ……。



[嫉束 界魔]
 「大空ちゃん!行こうよ!」


[朝蔵 大空]
 「え、うーん……」



 イルカショーか……私もそれは気になるけど。


 でも今は卯月君とデート中なのに。



[嫉束 界魔]
 「迷ってるなら行こっ!」


[朝蔵 大空]
 「あっ……」



 私は嫉束君に背中を押され、強引に会場に連れ込まれる。


 もう……この人は。



[朝蔵 大空]
 「まあ……ちょっと見て行こうかな」



 少し見たら戻ろう、と私は思っていた。



[嫉束 界魔]
 「可愛いね!イルカ」


[朝蔵 大空]
 「う、うん!」



 バッシャンバッシャン飛沫を立ててアピールするイルカ達。



[朝蔵 大空]
 「……」



 さっきは思わず、『うん!』と言ってしまったけど……。


 なんだろう、イルカって実物はあんま可愛くないな。


 イラストとかだと可愛いけど……。



[嫉束 大空]
 「大空ちゃんさ」


[朝蔵 大空]
 「ん?何?」



 嫉束君が私の髪に結んであるリボンにそっと触れる。



[嫉束 界魔]
 「今日の髪型、めっちゃ可愛いよ!」



 嫉束君はそう言ってニコッと笑う。



[朝蔵 大空]
 「あ、ありがとう……」



 私の頬はきっと今赤くなってるはずだから、嫉束君から目を逸らして少し俯いた。



[朝蔵 大空]
 「……お母さんにやってもらったの」


[嫉束 界魔]
 「あ、そうなんだね。お母さんと仲良いんだ?」


[朝蔵 大空]
 「うん!」



 そう言えば卯月君は、私のこの頭の事になんにも触れてくれなかったな……。


 私に関心が無いのかな?



[嫉束 界魔]
 「……気に入らなかったかな?」



 私がつまらなそうな顔をしていたのだろう、嫉束君に勘づかれてしまった。


 一緒にいるのに退屈そうな顔してたら、嫉束君だって悲しいよね。



[朝蔵 大空]
 「あっ、ううん!凄いね!イルカショー!私、もう何年振りだったか……」



 私は無理して感動したフリをする。


 まあ素直に、人間に従うイルカ達のパフォーマンスは凄いと思う。


 でもどこかの時間でラインを引かないと……。



[朝蔵 大空]
 「ごめん、楽しかった。私やっぱりそろそろ戻るねっ!」



 私はそう言って急いで出入口の方に行こうとする。


 だが……。



[朝蔵 大空]
 「あ……塞がれてる」



 周りには人が多すぎて、出口も人で塞がれてて途中で退出する事が出来なさそうだった。



[嫉束 界魔]
 「……戻れる?」


[朝蔵 大空]
 「ちょっと……無理そうかな」



 困ったな……せめて卯月君にメールを……。


 私はカバンからケータイを取り出す。


 ……あ!しまった!


 私、卯月君の連絡先知らないよ〜。


 終わった……。



[嫉束 界魔]
 「大丈夫?」



 卯月君、これじゃ呆れて帰っちゃったよね?


 あと一瞬でも卯月君の頭の中で、私がトイレに大をしに行ったと言う風に思われてるかもと言うのが恥ずかしい!


 軽率に死にたい……。



[朝蔵 大空]
 「こ、これ何分ぐらいやるのかな?」



 あ、これ『早く終われ』って言ってるようなもんだよね。


 でもほんとに嫌なんだもん!



[嫉束 界魔]
 「さ、さぁ?最低でも30分ぐらいあるんじゃないかな?」


[朝蔵 大空]
 「30分……」



 たった30分も今の状況だと凄く長いものに感じる。



[朝蔵 大空]
 「はぁ……」



 私は嫉束君には聞こえないように、小さくその場でため息を吐いた。


 そりゃ嫉束君の方が顔はカッコ良いかもしれないけど。


 私は、卯月君が良いな。



[朝蔵 大空]
 「あっ……」



 って言うか、忘れてたけど!


 近くに同じ学校の人とか、居ないよね!?


 そんな運悪く居ないと思いけど、私は急に不安になってきた。



[朝蔵 大空]
 「凄かったね!水飛んで来てちょっと服濡れちゃったよ〜」



 私は濡れた裾をパタパタと仰ぐ。



[嫉束 界魔]
 「ねぇ、大空ちゃん」


[朝蔵 大空]
 「ん?何?」


[嫉束 界魔]
 「大空ちゃんと一緒に居た人ってさ、誰?」



 私と一緒に居た人?


 ああ、卯月君の事か。



[朝蔵 大空]
 「えっと……同じクラスの人なんだけど」


[嫉束 界魔]
 「え?うん」


[朝蔵 大空]
 「知ってる?うちらのクラス、来月の文化祭で劇やるんだ〜」


[嫉束 界魔]
 「ああ……なんか聞いたかも」



[朝蔵 大空]
 「実は私達、主役になったんだけど。私と卯月君、あんまお互いの事よく知らないから、今日みたいにふたりで出掛けたらどうだーって友達に言われて……」



 里沙ちゃんの提案なんだよね。



[嫉束 界魔]
 「あっ、卯月君って言うんだね?」


[朝蔵 大空]
 「そうそう!じゃあ私、その子待たせてるからもう行くね」



 私は今度こそと思って嫉束君に背を向ける。



[嫉束 界魔]
 「うん……じゃあね」


[朝蔵 大空]
 「じゃあね!」



 私は早歩きで元居た場所へ。


 嫉束君、トイレの前で偶然会ったと思ってたけど。


 卯月君と私が一緒に居る所見てたんだ?


 なんか、結構前から見られてたみたい。


 でもどこから?



[朝蔵 大空]
 「で、デート中……見られてた?」



 人生初デートを知り合いに見られた事によって私の顔がカーっと熱くなる。



[朝蔵 大空]
 「あれ……卯月君?」



 フードコートの元々ふたりで座っていた席に、卯月君が座っていない。



[朝蔵 大空]
 「あ……あ…………」



 そうだよね、『トイレ行ってくる』とか言って相手が30分以上も戻って来ないんだもんね。


 私が勝手にバックれたと思って卯月君、きっと自分も帰っちゃったんだ!



[朝蔵 大空]
 「はぁ……こんなの大失敗じゃん。……あれ?」



 私はふと室内の隅の方にあるひとり席の方に目が行く。



[卯月 神]
 「……」


[朝蔵 大空]
 「あ、あれ」



 居るじゃん、しかも寝てるし……。


 席移動してただけかーい!


 焦って損した、さっきの絶望を返せー!



[朝蔵 大空]
 「お、おーい……卯月くーん」



 私は寝ている卯月君の肩を揺すり、そっと起こしてみる。



[卯月 神]
 「あ……朝蔵さん?」


[朝蔵 大空]
 「ご、ごめん!遅くなりました!」


[卯月 神]
 「……」



 卯月君が顔を上げて壁に掛かっている大きな時計を見る。



[卯月 神]
 「遅かったですね」


[朝蔵 大空]
 「べべべ別に『大』じゃないからね!小さい方だからね!」


[卯月 神]
 「大……?小さい?は、はぁ?」



 あ、意味分かってないやつだこれ。


 しまった、自分で自分の首を絞めてしまった気がする。



[卯月 神]
 「はぁー……」



 眠そうに欠伸(あくび)をする卯月君。


 卯月君、帰らないで待っててくれたんだ!



[朝蔵 大空]
 「眠い?」


[卯月 神]
 「ん……」



 コクっと(うなづ)く卯月君。


 そうだな、帰るのも良いけど……。



[朝蔵 大空]
 「あの!最後にさ、砂浜だけ歩いて帰ろうよ」



 海辺デートだもん!やっぱり海を見に行かないと帰れないよ!



[卯月 神]
 「砂浜?良いですよ」


[朝蔵 大空]
 「やったー!寝起きでごめんだけどすぐ行くよ!」



 私は卯月君の腕を引っ張って、早速海の近くに向かう。



[卯月 神]
 「ひとりで歩けますよ」


 歩いてる間、私はずっと卯月君の腕に手を添わせていた。


 彼のすぐ左側を私は歩く。



[朝蔵 大空]
 「えっと……良いのっ!」



 そう言って私は思い切って彼の腕に引っ付いてみる。



[卯月 神]
 「!?」



 彼は私の行動に狼狽えていた。


 ちょ、ちょっと積極的すぎるかな私……!



[卯月 神]
 「あ、あの……」


[朝蔵 大空]
 「嫌?」


[卯月 神]
 「……嫌じゃないです」



 やった!受け入れてもらえた!


 これ!傍から見たら私達絶対カップルだと思われてるよね?


 そうだよね!?



[朝蔵 大空]
 「……」



 あーでもここからどうしよ、自分でやっといてだけど、恥ずかしくなってきたし。


 なんか話そうにも話題が見つからなくて……卯月君の顔も、顔が下向いちゃって見れないよ……。



[朝蔵 大空]
 「……」



 でもなんでだろう、卯月君と浜辺を歩いていると、何故だか懐かしい気持ちになるの。


 あれ?


 違う……ここじゃない、違う海だ。


 って、何を思い出してるの?私……。


  
[卯月 神]
 「あ……雲が」


[朝蔵 大空]
 「え?あー、雨が降りそうだね」



 急に辺りが暗くなったかと思うと、空に雨雲が出てきていた。



[朝蔵 大空]
 「どっか雨が来ないとこ行こうか」


[卯月 神]
 「はい」



 もう雨め!せっかくふたりで良い感じだったのに邪魔しないでよー!



[朝蔵 大空]
 「ああ……これから一晩中土砂降りって……ついてないなぁ」



 ケータイニュースにそう書いてあった。


 こんな事なら、ちゃんと天気予報見とけば良かった……。



[卯月 神]
 「どうしますか?」


[朝蔵 大空]
 「うーん、帰ろっか」



 残念だけれど、大雨じゃしっかり楽しめないもんね。


 潮時だぁ。



[卯月 神]
 「そうですか……」


[朝蔵 大空]
 「!?」



 あ、あの卯月君が心()しか寂しそうにしてくれている。



[朝蔵 大空]
 「あの!もし良かったら、いつかまた私とデートして下さい!」


[卯月 神]
 「えっ」



 うわ〜これもうほぼ告白だよね?


 いいや、言っちゃえ私!!



[朝蔵 大空]
 「だから!私と、恋人になって下さ〜い!」



 ひゃ〜言っちゃった私っ!





 「ヨコドリデイト」おわり……。