(眠れない)
夜中、目が覚めた蘭はごろごろと寝返りをうつ。
「――ダメだ、全然眠気がこない」
(喉渇いたし、お水でも飲もう)
台所でコップに水を注ぎ喉を潤した蘭は、部屋に戻りもう一度布団に入る。
「よし、……なんか寝れそう!」
くるりと横向きなると、大きな瞳と目が合った。
「…………?」
5歳くらいで、おかっぱ頭の女の子が赤い着物を着て蘭の横で寝ている。
が、この家にそんな年齢の子供は居ない。ましてや、先ほどまで蘭の部屋には誰も居なかった。
蘭は血の気がサァァと引いていき、ホラー映画さながらの悲鳴をあげる。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
慌てて蘭は部屋の電気をつけた。
そして悲鳴を聞きつけたのか、眠そうな翡翠が蘭の部屋にやってくる。
「こんな夜中になんの騒ぎだ、蘭」
「ひひひひ翡翠! お、おばけっ!!」
泣きながら翡翠に抱きつく蘭は、恐怖で呂律が回っていない。
蘭が指差す方へ視線を向ければ、見知った顔があり「なんだお前か、澪緒」と翡翠はため息をついた。
「……み、みお?」
どこから取り出したのか「澪緒」と書かれた紙をジャーンと蘭に見せる子供……もとい澪緒。
「澪緒、蘭を驚かすな。うるさいだろ?」
「だって、こんなに驚くとは思わなかったもーん」
(しゃっ喋った!!)
口を尖らせる澪緒を翡翠は見つめた。そんな翡翠から、何か圧を感じ取ったのか澪緒は蘭に向き直る。
「むーん。蘭、ごめんね?」
きゅるんと上目遣いで謝られ、その可愛さに「うっ」と蘭はうめく。
「……私も、驚いてごめんね? でもこんな時間にどうしたの。翡翠の知り合い? ……なんだよね」
「あたし、もっとはやく蘭に会いたかったけど、ちょっと用事があってーお出かけしてたの。今、戻ってきたんだよ」
「?」
(私に会いたかった? どう言うことだろう)
「蘭、俺は部屋に戻るぞ」
「ちょっ、澪緒ちゃんを置いていく気!?」
(というか、私をこの状況に置いていく気!?)
「置いていくも何も、澪緒は桜子が子供の時からこの家にいる座敷わらしだ。その辺に転がしておけ」
「そんなこと出来るわけないじゃない! って……座敷わらし?」
次々に情報が出され、蘭は混乱していた。
「翡翠のバーカ」
「なんだと?」
「桜子も蘭も居なくなったあと、家の中を綺麗にしていたのはあたしなんだよ。翡翠、昔からいじわる。やーい、いじわる狐」
頭の上で手を耳に見たてて、部屋を走り回る澪緒を「このクソガキめ」と翡翠が追いかける。
が、どちらが勝つかは一目瞭然。狭い部屋では一歩が大きい翡翠が有利だった。
服の首根っこを掴まれ、ぶらーんとなった澪緒。
「捕まえたぞ」
「きゃー、助けて蘭。狐に食べられちゃう」
「あぁっ、こら翡翠! 子供相手に何やってるの!」
澪緒を翡翠から引き離し、抱きしめる。抱きしめられた澪緒は、蘭にバレないよう翡翠に向かって「べー」と舌を出した。
「見ろ、蘭。そいつの本性を」
そう言われ澪緒の顔を覗きこむが、蘭に見られる前に舌を戻す澪緒。
「ん? 澪緒ちゃん、何もしてないでしょ。まったく大人気ないよ翡翠」
「……なぜ俺が怒られねばならんのだ」
「ねーねー、澪緒眠たくなっちゃった。はやく寝よー?」
くいっと服を引っ張られ「子供は眠たいよね、ごめんね澪緒ちゃん」と頭を撫でる。
「そいつはあやかしだがな」
というツッコミも無視した蘭に、翡翠は不服そうだ。
「あたし、蘭と一緒に寝る」
「それくらい良いけど……、まだもう一部屋空いてるから使う?」
この家は居間の他に三部屋あり、現在は二部屋が埋まっている。
昔桜子が使っていた部屋を蘭が使い、もう一部屋は翡翠。そして子供の頃、蘭が使っていた部屋がまだ空いている。
「あたし、一人じゃ寂しい」
澪緒の言葉に蘭は桜子が亡くなった後、一人で寝るのは寂しかった記憶がよみがえった。
なんだかんだ理由をつけては、蘭は桜子の布団に潜り込み一緒に寝ていた頃を懐かしく思う。
「うんっ、じゃあ一緒に寝よっか?」
「わーい。嬉しい」
「話はまとまったな。なら俺は部屋に戻るぞ、今度こそ」
こうして、それぞれの部屋に戻り夜が更けていく。
――人間一人、あやかし一人の蘭と翡翠の共同生活。
そこへ、新たに座敷わらしの澪緒が加わった。
◇◇◇◇◇
「起きてー、翡翠。蘭が呼んでるよ」
翡翠は寝苦しさを感じ目を開けた。
すると、澪緒が上にのり翡翠の両耳をぐいっと引っ張っている。
「あ、目が開いたー」
「……」
「ぎゃっ」
翡翠はポイっと部屋の外に澪緒を放り出す。
廊下に出されてしまった澪緒。そんな澪緒を二人の様子を見にきた蘭が発見した。
「蘭、翡翠に追い出されたー」
「えぇ? 翡翠まだ起きてないの? 」
「目は開いたよー? でもあたしを追い出して二度寝してるんだ、きっと」
まだ寝ている翡翠を起こそうと扉に手をかけたが、ふと蘭はひらめく。
(……ちょっと待って、チャンスじゃない?)
(今のうちに翡翠を置いて学校に――――)
「爽やかな朝だな、蘭」
襖を開けて出てきた翡翠。なんとも爽やかな笑顔付きで、だ。
「……二度寝してたんじゃないの?」
「着替えるから、澪緒を部屋から追い出しただけだが?」
蘭はがくりと肩を落とす。
いつも通りの朝ごはんの時間に澪緒が加わり、少し賑やかな朝を過ごしてから蘭は学校に向かった。
◇◇◇◇◇
昼休み。
今日は、愛梨と由樹の二人と一緒に教室でお昼を食べている。
愛梨と由樹が隣同士、そして向かい側に蘭が座ってる、なんとも変な席だがそれには理由があった。
はじめ、蘭の隣に座ろうとした愛梨。
しかし、愛梨より先に翡翠が隣に座り「……愛梨ちゃんっ、由樹の隣に座ったらっ? 二人が仲良くなってくれると私も嬉しいしっ!」と蘭は苦し紛れの言い訳をするはめになった。
人間二人、半妖一人、あやかし一人。これほど不思議な昼食会があるだろうか?
「愛梨ちゃん、こっちのムスッとしてる由樹とは昨日友達になったんだけど、……ほら自己紹介っ!」
「別にムスッとしてないし。……神白由樹」
「由樹はツンデレなだけだから、怒ってる訳じゃないからね愛梨ちゃん」
「誰がツンデレなわけ? 僕は人付き合いが苦手なだけだし」
「威張って言うことでもないじゃん、それ」
「蘭もでしょ」
「私、威張ってないもん」
「……」
「え、嘘でしょ? 私威張ってないよね? ねぇ? 返事してよ由樹っ!?」
「ふふっ。仲良いんだね、二人とも」
「どこが!!」
「どこが?」
二人の息ぴったり具合に、ふふっと笑みがこぼれる愛梨。蘭と由樹は顔を見合わせ、不服そうだ。
「神白君。私、片瀬愛梨! よろしくね」
「…………うん。よろ、しく」
「さっ、ご飯食べよっ! 神白君はサンドイッチ?」
「え、あぁ、ちょうど食べたいと思ってて」
「由樹のサンドイッチ美味しそう、一口ちょうだい?」
「やだよ。――ちょっ、やめっ、片瀬さんっこいつをどうにかして!」
ぐいっと身を乗り出し、サンドイッチを食べようとしてくる蘭に、由樹はたまらず愛梨に助けを求めた。
愛梨は、のほほんとしつつ軽く蘭を諌める。
「蘭ちゃんは昨日もサンドイッチだったでしょ?」
「そうだけど、昨日はゆっくり味わえなかったし――――すきあり!」
由樹のサンドイッチにパクリと食いついた蘭。
「ありえないんだけどっ! 蘭!」
「美味しい〜!」
由樹は「僕のサンドイッチ……許さない……」と独りごちているが、蘭は気に留めず自分のお弁当を食べる事にとりかかった。
今日はちゃんと朝早起きして作ったお弁当だ。
(どれから食べようかなー……、よしっ、これにしよう!)
はじめに食べるおかずをタコさんウィンナーに決め箸でつまみ、さぁ後は口へ運ぶだけ――――だったが、くいっと服を引っ張られた。
横を見れば、翡翠が口を開けている。
(? …………もしかして、あーんしろってこと!?)
翡翠としては妙な形のおかずに興味が湧き、食べたくなったから口を開けただけで他意はない。
だが、「あーん」だと受け取った蘭は、翡翠に「あーん」をしている自分を想像しただけで恥ずかしさから、顔がぽふんと赤くなった。
「蘭ちゃん? 顔赤いけど大丈夫……?」
「いや、……今日はちょっと暑いなぁーって!」
「そう言えば、僕もちょっと暑いな」
今日は比較的涼しい風が吹いており暑くはないのだが、雪女の半妖である由樹が話にのってきてしまい、愛梨は「そう? 二人とも暑がりさんだね」で会話が成立してしまった。
どうにか会話がそれた事に、ほっとする蘭。
でも納得していないあやかしが一人。
またくいっと服を引っ張られ、頬杖をつき口を開けている翡翠と目が合う。
(うっ……、や、やればいいんでしょ!?)
蘭は苦肉の策にでた。
「あっ、……あんな所に空飛ぶ狐が!!」
「へ? どこどこ?」
「はぁ?」
純粋ゆえか、愛梨は蘭が指差す方向に顔を向けた。由樹といえば胡乱げな顔で蘭を見ている。
(由樹騙されてよっ!! ――ううっ、見てるけどかまうもんか!)
えいっ! と蘭は翡翠の口にタコさんウィンナーを放り入れた。
「……んー? 蘭ちゃん、空飛ぶ狐居なかったよ?」
「あ、あっれー? 動きが速かったから見逃しちゃったのかもっ」
「神白君は見えた?」
「まぁ……ある意味、狐は見たけど」
「ええっ! 見れなかったのは私だけ? そんなぁ……」
がーん、とショックを受けている愛梨に蘭は心の中で謝る。
(ごめんね愛梨ちゃん……、全部この隣の狐が悪いんです……!)
当の本人は「なんだ、これは朝食べたのと同じ味ではないか」とガッカリしていた。
◇◇◇◇◇
(――お昼は翡翠のせいで、愛梨ちゃんに悪いことしちゃった)
と、今日一日を振り返っている蘭。
教室の窓からグラウンドで練習をしている生徒や、下校途中の生徒を見て「どうして今、こんな事になってるんだっけ……?」と頭を抱えた。
それもこれも、目の前に座る人物のせいなのだが。
「ねぇ聞いてるー? 後輩ちゃん」
「え? あっ、はい! 聞いてますよ」
「じゃあ続けるけど、スベスベマンジュウガニの――」
「そんな話をしてましたっけ??」
どうしてこんな事になっているのか。
それは、授業が終わり帰ろうとしていた蘭は誰かに呼び止められた。
その人物は、先日廊下でぶつかってしまった先輩――笹木廻。
「いや、してないよ? もー、後輩ちゃんが話聞いてないからでしょ」
「すみません……。あの、そろそろ本題に入ってもらえませんか?」
蘭がそう言うと廻はきょとんとした顔になり「あぁそうだった。俺としたことが忘れてたよ」と、本題に入る。
「突然だけど。――――後輩ちゃん、今恋してる?」
「……………………はい?」
たっぷり間を使い、でた蘭の声。
(い、いきなりなんなの!? 恋って……)
訳がわからず何も言えずにいると、廻はニコリと人好きのする笑みを浮かべた。
「難しく考えないで。別に何でもいいよ? まだ恋かわからないけど、気になるーって人の一人や二人居ない?」
「気になってる……、特に居ないで――――あ」
「お? なになに、心当たりある感じ?」
(しまった! つい、翡翠が浮かんじゃったから……)
興味津々といった顔で見つめてくる廻に、言わないと終わらなさそうな雰囲気を感じ取ってしまう。
蘭はしかたなく、あやかしという事は伏せて翡翠について喋ることにした。
「えっと好き……とかじゃないんですけど。一応!」
「はいはい、そういうことにしといてあげる」
(うっ……! なんか苦手だこの人!)
「いつも一言余計な、あや――――人がいて! 『お前はマヌケ顔だ』とか『蛙の子はなんとやら』とか。でもたまに私を見る目が優しい時があるというか……」
(っ、なんか恥ずかしくなってきた……)
ガバッと机に伏せた蘭。しかし廻の「まぁまぁ、落ち着いて後輩ちゃん」と言う言葉に、すぐに顔を上げた。
「私は落ち着いてますっ!」
ふがーっと鼻息が荒い蘭を笑う廻。
ふと、廻は廊下へ視線向けた。興奮している蘭は気づかないほど短い時間。
「……ちょ〜とごめんね」
「? なんです――」
突然、廻は蘭に顔を近づけた。
それは、場合によってはキスをしているようにも見える角度だ。
「後輩ちゃん、デートだよ。デート」
「!?」
距離が近い廻への恥ずかしさもそうだが、耳元で囁かれたワードに蘭は翡翠とデートをしている様子を思い浮かべて、顔が赤くなった。
「そして、デートと言えばハプニングがつきものだよ。例えば――――キス、とか」
「なっ!?」
みるみる顔が赤くなる蘭を満足気に見て、ぱっと離れた廻。
「やっぱりお互いを理解するのが大切だと思うんだ。だから、デート。思い切って誘ってみたら?」
「ええっ、いきなりそんなこと言われても!」
「まぁ、デートっていうか、ただのおでかけだよ。大丈夫、先輩に任せなさいって。あ、携帯出して〜」
(任せろって……先輩、翡翠の事知らないですよね!? なんかすごく胡散臭いなこの先輩……!!)
「はい、ありがと」
携帯を蘭へ返すと廻は立ち上がり「てことで、俺帰るね。デート上手くいったら連絡して〜」と言い、鞄を肩にかける。
「あのっ、期待しないでくださいね? 本当に無理だと思いますよっ!」
「心配性だねぇ、きっとうまくいくよ。じゃ、バイバイ後輩ちゃん」
手を振り教室を去っていく廻。
一人残されてしまった蘭。
「――――行っちゃった。なんだったの? というか私が翡翠と……で、デート?」
考えれば考えるほど、どうしたら良いかわからなくなった蘭は気持ちを切り替える。
(でもまあ……、翡翠には絶対に断られるし真剣に考えなくても良い……よね?)
そう結論づけ、蘭は教室を後にした。
◇◇◇◇◇
一人、廊下を歩く廻。
その後ろには人影が。
廻は立ち止まった。
「あれー、のぞき? あやかしにしては趣味悪いなぁ」
ゆらりと現れたのは、翡翠だった。
「お前……、見えているな?」
「何のこと? ――「あやかしが見える」って事なら、大正解〜」
「蘭に何をした」
「何って、楽しくお話ししてただけだよ」
翡翠は先程の二人のやりとりを見ていた。
蘭は気づいていなかったが、廻は気づいていた。だから角度によってはキスをしているように見える振る舞いも、それ故だ。
黙る翡翠に廻は近づき「あー、……もしかしてあれのこと?」と挑発的な表情で翡翠を見上げた。
「確かに……、キスをした後の照れた顔は可愛いかったけど少し地味じゃない? お兄さん顔良いんだし、もっと綺麗なあやかしの女性とかいるでしょ。あ、もしてかしてあの子はお遊び? なら最適かもね。男慣れしてなさそうだし――――」
ぶわりと肌を突き刺すような殺気を感じ、ごくりと唾を飲む廻。
しかし、翡翠は怒りの形相ではなく、むしろ無だ。でもその瞳には、廻を射殺さんばかりに怒りが滲んでいる。
「低俗なお前には蘭の魅力など、一生かけてもわからんだろうよ」
「!」
「さっきの言葉、蘭の前で言ってみろ。――――お前を殺してやる」
「へぇ……、本気なんだ?」
「これ以上お前に話すことはない」
そう言い残し去っていく翡翠。
翡翠が見えなくなった所で、廻は脱力したようにしゃがみ込んだ。
「はは、――あれはさすがにビビるわ」
――――笹木廻は昔から、あやかしと言われるものが見えていた。だがすぐに、それはおかしい事なのだと気づく聡い子供。
廻は自分の顔立ちや性格を熟知しており、要領良く生きるをモットーにしてきた――――はずだった。
強いあやかしを連れている少女、乙木蘭を見かけた日すぐに彼女の情報を集め面白そうだと思ってしまう。
首を突っ込むのは得策ではないが、「人間とあやかしが一緒に住んでいるなんて」と廻にしてみたら興味の対象でしかない。
とはいえ、今回ばかりは殺されるかもと本気で思ったらしいが。
「まぁでも、大丈夫そうじゃない? 好かれてるっぽいよ、――蘭ちゃん?」
◇◇◇◇◇
がらりと玄関で音がし、一足先に家に帰っていた蘭は急いで玄関に向かう。
「おかえりっ翡翠! どこ行ってたの? 昼休みから全然姿見えなかったけど!」
「なんだ、寂しかったか?」
「っ! ……別にそういう訳じゃないけど」
「それは残念だ。せっかく苺大福を買ってきてやったのに」
ぽんと軽く蘭の頭をなで、苺大福が入った袋を渡す。
(あれ、なんだか機嫌がいい? いや良いっていうか穏やか?)
(――苺大福をどうやって買ったかも気になるけど……もしかして、誘うなら今がチャンス?)
「……あのさ翡翠!」
(よし、言うぞ……言うんだ私!)
「どうした」
「今度さ、いっ、一緒に出かけない?」
「……」
「やっぱり嫌だよねっ、ごめ――」
「いいぞ」
「……えっ!?」
「何を驚いている。お前が行きたいと言ったんだろう」
「え、あ、うんっ。じゃあ! 今度の日曜日、お弁当持ってピクニックとか……」
「蘭の好きなようにしたらいいさ」
(ねぇ……これ、本当に翡翠? 優しすぎない?)
「……疑うような顔だな?」
「だって……、絶対断られると思ったからっ!」
「俺はいつも、お前を一番に考えているよ」
「なっ!?」
そう言い残し居間へ行ってしまった翡翠。蘭はペタリとその場に座り込み、顔を覆う。
「蘭ー、どうしたの?」
様子を見に来た澪緒が蘭のそばでしゃがみ、ツンツンと腕をつつく。
「……澪緒ちゃ〜ん!」
「蘭、甘えたさん? よしよし」
五歳児に縋り付く高校生という構図は中々アレだが蘭は今、猛烈に恥ずかしいような、嬉しいような気持ちでいっぱいだった。
(――やっぱり今日は翡翠がおかしい!!)