見上げる月は白く、前世の月よりも美しい。紺色の空を眺め、思い浮かぶのはただ一人。
──会いたい。
王宮に来るなと言われて数日が経つ。手紙には会いに来ると書いてあったけれど、まだ先触れもなく会える気配はない。このままじっとしていたら、テオドールとオデットとの仲が深まるだけなのではないか。
アベルの時には感じなかった、底知れぬ不安と焦り。自分の想いに気付いた今、この気持ちは『嫉妬』なのだと分かる。
このままではいけない。あの方の手を離したくない。ずっとお側にいたい。他の女性は見ないでほしい。私だけを、見つめてほしい。
──愛してほしい。
濃紺の空の下、セリーヌは愛しい人のことをただずっと想い続けていた。
翌朝、セリーヌはこっそり王宮へと向かうことに決めた。
侍女のマリーに「今からとびきり美しく見えるようにお化粧してほしい」と依頼する。
「お嬢様? お出かけのご予定はなかったと思いますが?」
「テオドール様の為に、いつも美しく着飾っておきたいと思って」
「まぁ! 素敵ですね!」
マリーはノリノリで化粧を施してくれた。
ドレスも「綺麗なドレスで過ごしたい」と言って、外出用の緑のドレスに着替える。
そうして今度は庭園を散歩するフリをして、こっそり門番のところへ行き、あたかも予定通り外出するかのように馬車の用意をさせた。
計画通りこっそり馬車に乗り込んだところで「姉上」と声がして驚く。
「ひゃ! フィル!」
怖い顔をしたフィルマンも乗り込んできた。
「姉上、どこへ行くつもりだ? 外出は禁止されているでしょう!」
強い口調に思わず身をすくめる。テオドールとフィルマンは昔からの友人だ。フィルマンにそこまで監視させるのは、やはり何か隠し事があるからだろうか。例えばオデットとの逢瀬を見られないようにするため、とか。
「隠し事は嫌よ……私の婚約者のことだもの」
「!」
やはり何か隠しているのだろう。フィルマンが明らかに動揺した。その一瞬の瞳の揺れを、セリーヌは見逃さなかった。
「お願い、フィル。私、テオドール様に一度きちんとお会いしたいの!」
「……分かった。俺も同行するから」
「ありがとう」
フィルマンは侍従に先触れを出すよう頼み、馬車に乗り込む。
公爵邸から王宮までの短い道のりが、永遠のように感じる。
テオドールに会って、何と言われるのだろう。
『セリーヌ・ルヴィエ! 君との婚約を破棄することを、ここに宣言する!』
アベルの声が蘇る。テオドールにそう言われたら……。
嫌な想像をしてぎゅっとドレスを握りしめた。思い詰めた様子のセリーヌを見て、フィルマンは尋ねる。
「姉上は、知っていたのか」
「……いいえ。でも、何となく、勘づいてしまって」
「……テオは貴女に心配をかけまいと黙っていた。許してやってください」
許せるだろうか。
あんなに優しく甘く溶けるような口付けをしておいて、婚約破棄を切り出されたら。
まるで愛しているかのように絆されていく言葉を連ねておいて、他の女性にも同じことをしていたら。
こんなにも私の心を奪っておいて、今更離れたいと言われたら。
アベルより残酷かもしれない。許せないかもしれない。そして、それでもこの気持ちと決別することは、出来ないかもしれない。
セリーヌは自問自答しながら、痛む胸にそっと両手を添えた。
──ガタガタガタガタッ!!
「!?」
その時、馬車の周りが騒がしくなった。
──会いたい。
王宮に来るなと言われて数日が経つ。手紙には会いに来ると書いてあったけれど、まだ先触れもなく会える気配はない。このままじっとしていたら、テオドールとオデットとの仲が深まるだけなのではないか。
アベルの時には感じなかった、底知れぬ不安と焦り。自分の想いに気付いた今、この気持ちは『嫉妬』なのだと分かる。
このままではいけない。あの方の手を離したくない。ずっとお側にいたい。他の女性は見ないでほしい。私だけを、見つめてほしい。
──愛してほしい。
濃紺の空の下、セリーヌは愛しい人のことをただずっと想い続けていた。
翌朝、セリーヌはこっそり王宮へと向かうことに決めた。
侍女のマリーに「今からとびきり美しく見えるようにお化粧してほしい」と依頼する。
「お嬢様? お出かけのご予定はなかったと思いますが?」
「テオドール様の為に、いつも美しく着飾っておきたいと思って」
「まぁ! 素敵ですね!」
マリーはノリノリで化粧を施してくれた。
ドレスも「綺麗なドレスで過ごしたい」と言って、外出用の緑のドレスに着替える。
そうして今度は庭園を散歩するフリをして、こっそり門番のところへ行き、あたかも予定通り外出するかのように馬車の用意をさせた。
計画通りこっそり馬車に乗り込んだところで「姉上」と声がして驚く。
「ひゃ! フィル!」
怖い顔をしたフィルマンも乗り込んできた。
「姉上、どこへ行くつもりだ? 外出は禁止されているでしょう!」
強い口調に思わず身をすくめる。テオドールとフィルマンは昔からの友人だ。フィルマンにそこまで監視させるのは、やはり何か隠し事があるからだろうか。例えばオデットとの逢瀬を見られないようにするため、とか。
「隠し事は嫌よ……私の婚約者のことだもの」
「!」
やはり何か隠しているのだろう。フィルマンが明らかに動揺した。その一瞬の瞳の揺れを、セリーヌは見逃さなかった。
「お願い、フィル。私、テオドール様に一度きちんとお会いしたいの!」
「……分かった。俺も同行するから」
「ありがとう」
フィルマンは侍従に先触れを出すよう頼み、馬車に乗り込む。
公爵邸から王宮までの短い道のりが、永遠のように感じる。
テオドールに会って、何と言われるのだろう。
『セリーヌ・ルヴィエ! 君との婚約を破棄することを、ここに宣言する!』
アベルの声が蘇る。テオドールにそう言われたら……。
嫌な想像をしてぎゅっとドレスを握りしめた。思い詰めた様子のセリーヌを見て、フィルマンは尋ねる。
「姉上は、知っていたのか」
「……いいえ。でも、何となく、勘づいてしまって」
「……テオは貴女に心配をかけまいと黙っていた。許してやってください」
許せるだろうか。
あんなに優しく甘く溶けるような口付けをしておいて、婚約破棄を切り出されたら。
まるで愛しているかのように絆されていく言葉を連ねておいて、他の女性にも同じことをしていたら。
こんなにも私の心を奪っておいて、今更離れたいと言われたら。
アベルより残酷かもしれない。許せないかもしれない。そして、それでもこの気持ちと決別することは、出来ないかもしれない。
セリーヌは自問自答しながら、痛む胸にそっと両手を添えた。
──ガタガタガタガタッ!!
「!?」
その時、馬車の周りが騒がしくなった。



