反射的に,道を開ける。
おっと下を見た,久しぶりに感じるその人と。
「まだいたの。何してんの?」
生意気が一生抜けない春陽が部屋を抜けてきた。
驚いて固まる俺の目に,照れくさそうな春陽の表情が映る。
頬も赤いが目も赤い。
何より,彼女の存在を当たり前かのように着いてきたこと。
その人もまた,振り返った春陽を優しく慈愛に溢れた瞳で見つめたこと。
その2つから伝わる親密で信頼に包まれた空気に,俺は驚いた。
「手,貸そうか?」
きっと全て理解しているその人が,俺にまで柔らかく笑いかける。
けれど実際には手を伸ばすだけで,俺や春陽の反応を窺っていた。
春陽が俺を見て口を開く。
「文世。俺朝から何にも食ってない。腹へった」
作れ。
素直な表情と尊大な口調が,俺へと真正面から落とされた。
こくりと喉を何かが伝う。
「…しかたねーぇな。ちょっと,待ってて」
俺も,普段は使わないような乱暴な言葉を使った。
何て言えば,良いんだろう。
この変化はなんだ。
俺にはもう計り知れない彼女の存在に,悔しくて,情けなくて,申し訳なくて。
それ以上に,嬉しかった。
春陽とこんな風に目を合わせたのは……いつぶりだろう。
俺もずっと,間違っていた。
噛み締めて,俺は毛布も何もかも置き去りに,キッチンへと向かった。



