下を向いて唇を噛み締める香世に
正臣は今、話した事を後悔する。

「申し訳ない…。
こんな所で言う話では無かった。
香世が会いたく無いのであれば決して会わせない。嫌な事を思い出させて悪かった。」

正臣は香世の頬に触れ、
これ以上唇を噛み締めないように優しく親指で唇を撫でる。

「大丈夫です。いつか会わなければと思っていました。それが思っていたより早くて多少驚いただけです。」

「そうか…。
もっと配慮して言うべき事だった。
婚約となるとそれでも親の許可を取って
結納をちゃんとしておきたいと思っている。出来れば早く香世の立場をはっきりさせたい。」

結納…花街を出る際に既にお金は沢山出してもらっている。
これ以上は申し訳ないと香世は思う。

「あの…正臣様。」
香世は箸を置き、正臣に向き合う。

「なんだ?」
正臣も箸を置き、香世を見る。

「結納は省いて頂きたいと思います。」

「そうはいかない。
嫁に貰う為にはちゃんと支度をして
堂々と嫁いで来て貰いたい。
俺がそうしたいのだ。従って欲しい。」
柔かに笑う正臣が眩しい。

従って欲しいと言われ嫌だとも言えない…
香世は困ってしまう。

「嫌なのか?」

「正臣様は、私如きにお金を使い過ぎです。」
香世は申し訳ない気持ちで一杯になる。
どうやって返すべきかも分からない…。

「香世は心配しなくても良い。
どうせ貯まる一方で使いようが無いのだ。
それに香世がずっと側に居てくれるのならば安いものだ。」

それだけで良いのだろうか…。
側にいるだけでお役に立てる事が、
私にもあるだろうか…。

「もう気にするな。
せっかくだから本堂まで参るぞ、ちゃんと食べろ。」
正臣が箸で煮物の蓮根を掴み香世の口元に運んでくる。

えっ?と驚きながらも口を開ける。
口の中に放り込まれてもぐもぐと咀嚼するしかない。
それを正臣は可笑しそうに笑って見ている。

今日だけで正臣のいろいろな素顔が垣間見れて香世は嬉しい。
そして彼の事をまだまだ知らないと思う。