彼女は、ぼくを見ていた。
驚いたような、そんな顔をしていた。
ぼくは、自分が血まみれなのも忘れて、かすれた声で、愛しい名前を呼んだ。
『…繭…』
『コウちゃん…』
すぐに、ぼくと同じくらいかすれた声が、ぼくの耳に届いた。
繭は、さっき車から降りたときに来ていたワンピース姿じゃなかった。
華やかなドレスに着替えていて、たぶん、舞台挨拶用の衣装だったんだと思う。
隣には、さっきぼくを羽交い絞めにした人がいた。
繭のスタッフだったんだ。
そのまま立ち尽くしていると、繭は、ぼくに言った。
『コウちゃん、もういいの…。もう、やめて』
ぼくは、右手に握った凶器を見た。
『…どうして…?』
どうして、『もういい』なんて言うのかわからなくて、ぼくは聞いた。
『今の、どこかで聞いてたんだろ?繭を殺すつもりはなかったなんて言ったんだ、こいつは…』
『でももういいの!』
繭は、なぜか怒ってた。
『その人がどう言ったって、私の記憶は消えない。殺された事実もかわらない』
『そうだけど、だからこそぼくは、あいつに復讐を…』
でも彼女は、ぼくにその続きを言わせなかった。
『コウちゃんは、私に会いたくてこの天国に来たんじゃないの?』



