リリアナはいま、ハリスとテオとともにガーデンの街の外れにある一軒家で暮らしている。
 もともと寝泊まりする場所はバラバラだったのだが、リリアナが借りていた小さな集合住宅はペット禁止のため、コハクと一緒にいたいリリアナがハリスの持ち家に転がり込んだ。
 その後すぐ、今度はテオが間借りしていた宿屋で他の客と喧嘩して大暴れしたせいで主人に叩き出され、テオもハリスの家で世話になることとなり共同生活が始まった。
 幸いハリスの家は広くて部屋数も多いため、プライバシーを保ちながら暮らせている。
 一緒に暮らしてみて気付いたのは、ハリスの大いびきと寝起きの悪さだろうか。リリアナが家中に響き渡るハリスのいびきを初めて聞いた時は、大きな獣が侵入してきたのではないかと驚いて飛び起きたほどだった。

「はい、これテオの修行メニューだから」
 ギルドの依頼を受けた翌朝、リリアナはテオに封書を渡した。
 調査内容と旅費がふたり分しか出ないと説明したのは昨晩のこと。
 
「留守中に暇を持て余さないように特別な修行を用意しておくから」
 ハリスの提案に、テオは気乗りしない様子だった。
 しかし、ハリスが独り言のように呟いた言葉を聞くや否や態度を変えた。
「きちんとこなせたら、欲しがっていた砥石をやろうかと思っていたんだが……」
「やってやろうじゃねーか!」

 ハリスが出刃包丁を研いでいる様子を興味深げに眺めては、その石を使わせろとせがんでいたテオだ。
 それを餌に釣ればおとなしく留守番するだろうと踏んだリリアナの読みは当たった。

 ちなみに修行メニューは、食事を自分で作ることのほかに、庭の草むしりや建付けの悪いドアの修理、床磨き、水回りの掃除など、後回しにしてきた家事全般だ。
「いまごろ、修行メニューを見て悔しがってるかも」
 馬車に揺られながらリリアナは、テオのその姿を想像してクスクス笑った。