沙耶香は部屋に戻ってから、玄関の横壁にかけている鏡を見ると、首の左側の中心部辺りが斜めに二センチほど赤く内出血していた。



キスマークに嫌悪感しか生まれない。
心を傷付けるどころか、今度は身体まで……。
いくら家族や会社の為とはいえ、こんな最低男と結婚するなんて考えられない。



沙耶香は嫌気に満ちて駆け込むように部屋に上がって台所の水道の蛇口を目一杯に開いて右手で水をすくって、傷のところを何度も何度も洗い流した。

でも、真っ赤に浮かび上がった傷跡は消える訳もなく……。



「酷い……」



悲しみと苦しみとやるせなさに押し固められていく。


沙耶香はそのまま地べたに座り込んでやりきれない気持ちを放出するかのように、拳で膝を何度も叩いた。



彼は自分の価値観を押し付けてくる人。
それだけじゃない。
自分の心の痛みは嫌でも、人の心の痛みには見向きもしない。

それでも彼と結婚する。
そこに感情というものが存在しなくても、ロボットとして育てられてきた私には関係ないのだから。