「やめやめ、やめた。もう帰って」

「失礼を言ってごめんなさい。……でも、本当に私を覚えていませんか?」



俺は『覚えていませんか?』のひと言に身体が一時停止した。

彼女が自分を知っていたのはいま判明したばかりだけど、記憶を辿ってもお金持ちのお嬢様の知り合いどころかお目にかかった事さえ……。



「えっ……」

「本当に私が誰だか分かりませんか?」


「何の事だかさっぱり……」

「そうですか。覚えて……ないん……ですね」



寂しそうに視線を落とした彼女の語尾が消えていく。

しかし、その直後。
彼女の左背後にいる男がいきなり唸り声をあげて身を震わせ始めた。



「うぐぐ……」



俺は、男の背中から燃え盛る炎が見えてきそうなほどの唯ならぬ雰囲気に思わず身体を逸らした。
すると、男はスーツの左内ポケットに手を入れてサングラスの隙間から睨みをきかせる。



「なっ……何だよ」

「ぐぐぐぐ……」



男は何故か言葉を喋らない。
団員はボスを差し置いて喋ってはいけないルールでもあるとか?

しかし、手を突っ込んだままのブレザーの内側からは一瞬銀色にキラリと光る物体が見えた。



そこで思った。

黒服にサングラス姿。
桁外れな現金。
女ボス。
マフィア。


この短時間で三人組の要素を足していった結果、その銀色の物体は拳銃ではないかと。



そう思った瞬間、恐怖に怯えるあまり全身の血の気が引いた。

黒服の二人組がレジを塞ぐように壁になっていて店内客からはその様子は見えていないが、誰一人レジに近付こうとしないほどこの三人の威圧感が半端ない。