場所は黒崎家のリビング。

玄関から使用人から案内されて部屋に入ってきた颯斗は、先にソファーに腰をかけている沙耶香の隣に座った。

正面に座る父親の威圧感に圧倒されながらも、緊張感を隠すかのように息を呑む。
父親は颯斗の左手の甲の傷跡を確認してから目線を上げた。



「鈴木颯斗くん」

「はっ……、はいっ!」


「実は昨日、君の母親に会って来た」



颯斗はてっきり叱られるのではないかと思って覚悟していたが、想定外の言葉にキョトンとした。



「えっ、どうして俺の母親に」

「偶然とはよく出来てるものだ。私の命の恩人が君の父親で、娘の沙耶香の命の恩人が君。どうやら君とは深い縁があったらしい」


「それは、どう言う事ですか?」



父親は昨日颯斗の母親と話した内容をそのままそっくり伝えた。
すると、二人は思わぬ縁に驚くあまり顔を見合わせる。



「話し終えた後に、君の母親に何かできる事はないかと聞いたところ『ない』と答えられた。ご主人を亡くした上に貧しい暮らしを強いられてきたのに賠償金を受け取らないなんて……。私は彼女の人間性と寛大さに頭が上がらなくなったよ。君は大層な母親に育ててもらったようだ」

「ありがとうございます」



父親は予めテーブルに用意していたA4サイズの水色の封筒をスッと前に差し出す。



「今から経営学を学びなさい」

「えっ!」


「これは大学の入学案内書だ。君の母親に君の面倒を見たいと申し出たが、首を横に振られてしまった。しかし、息子は成人しているから最終判断は本人に任せると」


「とてもありがたいお話ですが、自分には大学を通うほどの経済力が……」

「金の心配はしなくていい」


「でも……」

「今回の騒動によって弊社の株価は急落した。だから、お前達の交際は簡単に許せるものではないが、君が誠意を見せてくれた後に色々ゆっくり考えさせてもらうよ」



父親はそう言うと、スッと席を立ち上がって扉の方へ。
しかし、ドアノブに手をかけた瞬間、ある事を思い出した。



「おっと、大事なことを伝え忘れるところだった」



横目でチラリと颯斗を見る。
颯斗は目が合った瞬間、胸をドキッとさせた。



「大事な一人娘の命を救ってくれてありがとう。颯斗くん」



父親はそう言い残すと、ゆったりとした足取りでリビングから出て行った。