うそつきな唇に、キス





けれど、そう思ったのも一瞬で。

ゆっくり、けれど確実に動いたその唇は、何かの音を宿していた。


えっと、あれは……。


─────は や く か え て こ い


はやく、帰って来い。



「………、ふっ、」



これには、耐えきれず吹き出してしまった。

だって、おかしかったから。


若サマが頼んできたくせに、頼んできた若サマの方が、はやく帰って来い、なんて文句にも似たようなことを言うなんて。

あべこべで、ちぐはぐで、傲慢な物言い。


けれど、それが己の苦になどなっていないことは、自分がよくわかっている。


プリントを片手に掴み直して、もう片方の手で軽く手を振ってみると、それに気づいた睿霸は目を輝かせてぶんぶん一層大きく手を振って。

琴は琴で困った顔をもっと苦笑気味に歪めて、一度ふら、とまた柔く手を振って。


そして、若サマは。

腕を組んだ状態で、こちらに見える手首を器用にはらり、と。一度、けれど確かに、まるで幼子を小さく手招くように、手を振った。